iPad ProのCMの「コンピュータって何?」に腹を立てる人たち

文●松村太郎(@taromatsumura) 編集● ASCII編集部

2018年02月06日 16時00分

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 年末年始に日本でも放映されていたAppleのiPad ProのCM「What's a computer?」。これに登場する女の子にイライラする人が増えています。皆さんはどうとらえるでしょうか。まずはこちらのCMをご覧ください。

 女の子が朝、自転車で出かけていって、友達とFaceTimeしながらその様子をLivePhotosで記録して落書きしてメッセージで送り、Wordかなにかでレポートを書いているときに目の前のカマキリを写真でパシャリ。タコス屋のカウンターでもiPadを見て何かしていて、片手でピシャッとたたんで店の外へ。カエルのお絵かきをして、手描きイラスト満載のレポートを木の上で仕上げ、バスの中では漫画を楽しみ、家に帰ってきたら芝生の上でタイピング。

 そのとき隣人に声をかけられ「コンピュータで何してるの?」と聞かれて応えた一言がこれ、「コンピュータって何?」。

面白おかしい批判の文章

 批判コメントの中にはFワード満載のものも多いのでリンクは差し控えますが、おなかを抱えて笑ってしまった記事もあったので、その一端をご紹介しておきましょう。

「近所につるむ友達もいなくて、朝から自転車で街を走るしかできなくて、遠くで骨を折っている友達とテレビ電話しかできないような女の子に、隣人が興味を持ってくれたのに、なんなんだあの冷たい受けこたえは!」

 まあヒドイ言いようで、「友達が……」とは若干余計なお世話な気もしますが、iPadしか友達がいないんだからもっと愛想良くしたらどうだと、たしなめたい気分になったようです。

 それは冗談としても、「コンピュータって何?」という返しは、エンジニアからの批判もあるようです。いや、そもそもあの子が使っているアプリは、同じAppleがコンピュータとして作っているMacがないと生み出されてこないんだという意見。あるいは歴史的に考えて、コンピュータあってのスマホだし、スマホあってのタブレットじゃないかという意見など。

 気持ちはとてもわかるけれど、そうした反感をAppleが予測していたとしたら、どうとらえるべきでしょうか。

コンピュータとタブレット、という見方

 Appleは2016年3月にiPad Pro 9.7インチを発表しました。その際にステージに立ったフィル・シラー氏は、「6億台とも言われる、5年以上経過したPCの買い替え需要を狙う」とマーケティングのゴールを明らかにしていました。AppleにはMacというコンピュータ製品はありますが、Windows PCをMacに転換しよう、ではなく、Windows PCをiPadに置き換えよう、というゴールを設定したのです。

 その後、2017年6月のWWDC 2017でiPad Proを10.5インチに拡大しました。10.5インチといえば、筆者が高校生の頃、1998年に手に入れた憧れのVAIOノート505と同じような画面サイズです。

 当たり前のことながら、その505では4Kビデオ編集なんてできないし、ARアプリを動作させることもままならないでしょう。起動するまでしばらく待たなければならないし、10時間のバッテリーライフなんて夢のような話です。

 505と現在のiPad Proを比べれば、「拡張性」「汎用性」という2つのキーワードを除けば、505が勝っている部分を見つけることはできません。でも、やっぱり筆者はコンピュータから使い始めたので、コンピュータとタブレットという区別をどこかで捨てきれずにいます。

スマホからコンピュータに入った世代にはどうなるか?

 自分の体験的な視点では、iPadをまだコンピュータの代替と捕らえることはできませんが、研究的な視点でいえば、むしろコンピュータと意識して触れる存在がなくても成立するのが現代の生活、といえます。

 CMの女の子で不自然な点は、一度もiPhoneを手にしなかった点です。iPadだけ使っていればiPhoneに触れる必要がない、ということにはならないはずですが、iPhoneはまったく出てきません。まあiPadのCMなので当たり前かもしれませんが、おそらくiPhoneも持っていることでしょう。

 スマートフォンから入った人にとっては、特にiPhoneユーザーの場合、iPadを生活に取り入れることで広がる世界はとても大きなものがあります。

 筆者はこの連載でもたびたびご紹介してきたとおり、iPad Proを2016年4月から仕事に取り入れ、仕事の4割ほどの原稿をiPadで書くようになりました。それ以外にも、長い文章やプレゼンテーションのアウトラインを作ったり、メモや手書きのスケッチを描いたり、コミュニケーションの大部分をこなすこともできます。

 Macでなければならない作業は、3つ以上のウィンドウを駆使しながら情報をまとめたり作業をしたいとき、そしてヘタなりに取り組んでいるプログラミングぐらいです。そのプログラミングも、学習だけならiPad ProのSwift Playgroundsで実行できるようになりました。

 iPhoneからiPadへ移行するメリットは、iPhoneのデータやアプリをそのまま利用できることが多い点です。ただ、Macから入ったとしても、同じことが起きています。

 たとえば筆者が愛用するエディタのUlyssesやiA Writer、Cloud Outliner Proは、Macで書きかけの原稿をiPad Proで仕上げたり、iPhoneで読み直して修正したりするデータ連携が可能です。

 カレンダーのリマインダーのメモも、iCloudやGoogleアカウントで同期すれば、どのデバイスからでも同じ最新データが利用できます。結果的に、手元にあって最も都合が良いデバイスを使えばよいという状態ができあがっています。

 そのため、iPhoneからとMacからの双方から、iPadへの移行は可能です。同じようにiPadを使っているとしても、「コンピュータって何?」と思っている世代と、「iPadなんてタブレットじゃないか」と思っている世代が共存しており、後者がこのCMにネガティブな反応を示している、という構図が浮かび上がります。

AppleはMacへのWowを用意できるか

 Appleは2018年にも、MacでiPadアプリ(iPhoneアプリ)を動作させられるようにOSを整備する計画だと伝えられています。このことと「What's a computer?」のCMを見ると、Appleがこれから準備している展開をうかがい知ることができます。

 AppleはiPadへの移行について、「iPhoneからのステップアップ」「Macの補助的なデバイスとして」「Windows PCからの移行」という3つの筋を考えていると思います。もちろん、「まったくの新規購入」という線もあるとは思いますが。

 今回のCMは、「iPhoneからのステップアップ」と「Windows PCからの移行」(と、「まったくの新規購入」)を念頭に置いたものでしょう。得てしてマーケティングでは、相手にされていない人は腹を立てがちになるとは思いますが……。

 Appleとしては、iPadから入ってそのままiPadを使い続けてくれれば良いと思いますが、それでも子供なら学年が進んでプログラミングに取り組むようになったり、仕事を始めてもっと高度な処理を大きな画面で取り組みたいというニーズが出てきた際、Macがその受け皿になるかどうかが重要になります。

 むしろプレッシャーがかかるのは、Macでのユーザー体験ということになります。リーズナブルな価格で、iPadの延長戦にあることを演じつつ、iPadを上回る体験を作り出せるかどうか。

 アプリの共通化は利便性の確保にはなりますが、それだけでは不十分です。すでにタッチ操作やApple Pencilでの手書き作業が可能なiPadを、その採用の可能性を否定し続けてきたMacが、ユーザー体験面で上回ることは難しそうです。

 それこそ、手元のiPadがMacのインターフェイスとして振る舞うようなことでもない限りは……。そう考えると、たとえばiPadをMacのセカンドディスプレイとして活用できるDuetなどのアプリを買収し、ワイヤレス接続を強化するような流れもあるのかもしれません。


筆者紹介――松村太郎

 1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。またビジネス・ブレークスルー大学で教鞭を執る。米国カリフォルニア州バークレーに拠点を移し、モバイル・ソーシャルのテクノロジーとライフスタイルについて取材活動をする傍ら、キャスタリア株式会社で、「ソーシャルラーニング」のプラットフォーム開発を行なっている。

公式ブログ TAROSITE.NET
Twitterアカウント @taromatsumura

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