ブロックチェーンでおいしいビールを醸造する?

文●松村太郎(@taromatsumura) 編集● ASCII編集部

2018年10月12日 12時00分

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ブロックチェーンを生かして作られたAlpha Acid Brewingのビール。醸造所のオーナーKyle Bozievic氏(左)と話すのは、OracleのデベロッパーマーケティングディレクターStephen Chin氏(右)

 ブロックチェーンを用いた最も有名な事例はビットコインや、次々に現れる仮想通貨でしょう。「通貨」という文字がありますが、各国の中央銀行が管理しているような中央集権的なものではなく、お互いに取引を管理する巨大なシステムとメンテナンスへの貢献によって新たな価値が得られる仕組みは、非常に魅力的な存在と言えます。

 しかし、ブロックチェーンを日本語訳すれば「分散型取引台帳」。個人的にはこの言葉が、一番テクノロジーから離れた表現で気に入っています。中央集権ではなく分散型での管理が可能で、データの改ざんができず、スマートコントラクトとの組み合わせによって契約の自動化などが実現可能な新しいデータベース技術なのです。

 ここまで説明してくると、今回のテーマである「ブロックチェーン・ビール」がなんなのか、だんだんわかってくるのではないでしょうか。もちろんブロックチェーン技術でビールが絞り出せるわけではありません。

ホームブリューもスマート化の時代

 下戸な筆者にとっては、夏に水みたいにビールをガバガバ飲むよりは、秋口にコクのあるビールをゆっくり楽しむ方が性にあっているように思います。IPA天国のベイエリアはそうした楽しみに適したエリアです。

 ちょっと話が脱線しますが、こちらでは「ホームブリューイング」は割と身近な趣味のようです。

 バークレーの近所にビールやワインを醸造するためのグッズが売られているお店の「Oak Barrel Winecraft」(http://oakbarrel.com/)があり、手軽にビール造りを始めるキットを揃えることができます。

 またビール醸造マシン「Pico Brew」(https://www.picobrew.com/)という製品もあります。

 この製品がユニークなところは、ビール醸造所の材料をパックに詰めた「PicoPak」を購入することで、特定の銘柄のビールを自分の家で作れるようになる点です。1パックあたりだいたい30ドルで5リットルのビールが1~2週間程度で作れる仕組みになっています。

 この材料が4層に分かれて入っているPicoPakにはRFIDタグが仕込まれていて、これをマシンにタッチすることでレシピが読み込まれ、最適な温度管理によって醸造を進めてくれるのです。細かい設定は不要なのです。

 もちろん材料を自分で用意して、試行錯誤を繰り返すこともできるのですが、家でビールを造りたいのか、自分なりのビールにしたいのか、目的によって変わってきます。最も安いPico Brewは399ドルで材料のパックは前述の通り30ドルから。わりと手頃なホームブリュー体験と言えます。

ブロックチェーンでビールを醸造する?

 シリコンバレーの中にある都市、ベルモントにあるAlpha Acid Brewingは、とても小さなビール醸造所で、店舗スペースと同じほどの広さでビールを醸造しています(https://www.alphaacidbrewing.com/)。ここでテクノロジー企業であるオラクルと組んで、ブロックチェーンを生かしたビール醸造が行なわれており、取材する機会がありました。

 前述のようにブロックチェーンは新しい種類のデータベース。この技術をどうやってビール醸造に生かすのでしょうか。その答えは、製造と販売、消費に至るまでの品質管理でした。

イースト、麦芽、ホップを分散する別々の企業から取り寄せて醸造し、ピザレストランなど分散した消費地に届ける行程を、ブロックチェーンに記録する仕組みを用いている

 Alpha Acidのような小規模な醸造所は、最高の品質のビールを届けることに価値がある。そうオーナーは語ります。最高の材料、最高の醸造、最高の配送を実現して、初めて店舗で最高のビールが飲めるというわけです。

 このあたりの話は、日本にいると「当たり前じゃないか」と思いますよね。ビールの大手企業が温度管理をきちんとしながらビールを届けている話は何年も前から聞きますし、街でビールを配送するトラックの幌にもそんな事が書いてあります。いえ、だからこそ日本の食文化は最高にクールなわけです。

 同じことを小規模なシリコンバレーの醸造所は、テクノロジーを生かしてやっと実現したわけです。

OracleのIoTソリューションとブロックチェーンソリューションを組み合わせることで、一続きの品質管理を実現している

 原材料は複数のエリアから最高の麦とホップを取り寄せます。それを、適切な温度管理をしながら、ていねいに醸造します。できあがって樽(Kegといいます)につめ、これを提携しているレストランなどに届けます。

 今回は醸造所しか見学していませんが、その製造器には温度センサーが取り付けられており、これが逐一記録され、ブロックチェーンに書き込まれていきます。すべての行程や製造過程を、ブロックチェーンに記録し、樽ごとに照会できるようにするのです。

トラブルの際に威力を発揮する

 こうした管理のメリットは、品質に問題があった際に発揮されます。

 たとえばピザ屋で出したビールの味が変だとクレームが入った場合。その樽の原材料に至るまでを、ソフトウェアでふりかえることができます。そして、配送中の温度管理に問題があったことを突き止めます。これにより、課題を解決し、取り扱いをより注意するなどの改善ができるようになると言います。

 確かに「最高のビールを造る」のは職人技かもしれません。しかしその前後の材料や製品の流通で、その技を台無しにしてしまう可能性があります。さらに、職人技という属人性が高すぎる場合、その人がいなくなれば、ビールの味は変わります。ブロックチェーンの活用は、あらゆる変数を一定に保つ上で、重要な役割を担っていくことになるでしょう。

 ベイエリアはテクノロジーに限らず、スタートアップの宝庫で、ビールだけでなくコーヒーやチョコレートなどの食のスタートアップも盛んとみられてきました。しかしそれは3年ほど前までの話で、昨今はスモールビジネスが買収されたり、廃業されるなど壁にぶつかっています。

 あの有名なお店が、あのお気に入りのブランドが、おいしいレストランが、次々にビジネスを閉めている背景には、物価と賃金の上昇によって、小規模でビジネスを維持することができなくなったり、拡大しながら品質を諦める判断をしなければならなくなる、といった事情があるからです。

 今回のAlpha Acidの事例は、必ずしもブロックチェーンがそうしたスモールビジネスを助けるところまでは踏み込んでいないと思います。しかし、材料調達や配送などの効率化を、複数の醸造所で一緒に取り組むことは、スモールビジネスの共通部分の統合が進み、小さなビジネスを守る可能性も、開けるかもしれません。


筆者紹介――松村太郎

 1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。またビジネス・ブレークスルー大学で教鞭を執る。米国カリフォルニア州バークレーに拠点を移し、モバイル・ソーシャルのテクノロジーとライフスタイルについて取材活動をする傍ら、キャスタリア株式会社で、「ソーシャルラーニング」のプラットフォーム開発を行なっている。

公式ブログ TAROSITE.NET
Twitterアカウント @taromatsumura

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