Adobe MAX 2019から見る、アドビの「AR民主化戦略」

文●西田 宗千佳 編集●飯島恵里子/ASCII

2019年11月09日 10時00分

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Adobe MAX 2019は11月4日から6日まで、米・ロサンゼルスのロサンゼルス・コンベンションセンターで開かれた

 クリエイティブ・ツールの企業であるアドビは、次の柱として「AR」に注目している。11月4日から6日まで、米・ロサンゼルスで開催された「Adobe MAX 2019(以下MAX)」。現地取材から、アドビの考えるAR戦略について分析してみよう。

今回、Adobe MAXに合わせて無償公開がスタートした「Adobe Aero」。iPhoneおよびiPadで使える

ARの民主化を狙うアドビ

 今回のMAXに合わせ、アドビはiPhone・iPad向けに「Adobe Aero」という新アプリを公開した。このアプリは、昨年存在が公表されたもので、iPhoneおよびiPadで、アップルのARフレームワークである「ARKit」を使って動作している。

Adobe Aeroの利用画面。現実世界にCGキャラクターを簡単に配置し、ARを楽しめる

 狙いは「ARの民主化」だ。この問題について、アップルとアドビは協力しあって解決策を準備し続けていた。2018年、アドビのCTO(最高技術責任者)であるアベイ・パラスニス氏は、筆者の問いに次のように答えている。

 「現在はアーティストが作品を作る際にも、ゲームエンジンの力を借りなければいけない。そうではなくより簡単な形で、Photoshopなどいつものワークフローの中でARコンテンツが作れるようになるはずだ。結果として作品は、ディスプレイの画面の枠を飛び出していく」

 事実、Adobe Aeroはそれを実現するツールになった。使い方は恐ろしく簡単だ。アプリの中で3DオブジェクトやPhotoshopのPSDファイルを選んで「現実の風景に配置」すれば、そこにその物体が現れる。3Dオブジェクトは指で触れると動くように「ビヘイビア」を設定できる。簡単にいえば、PowerPointのようなプレゼンテーションツールを、スライドを扱うものから3Dオブジェクトを現実空間で扱うものに変えた、と思えばいいだろうか。

 オブジェクトを置くだけならもっと簡単な方法もある。iPhone・iPadの場合なら、「USDZ」形式の3Dオブジェクトを読み込めばいいのだ。昨年公開のiOS12以降には、この形式のファイルを標準で扱う機能が搭載されている。ファイルを読み込むと現実の空間に配置できるようになっている。

 ちょっと前に、「iPhoneを使ってGoogleで動物の名前を検索すると、現実の風景にその動物を召喚できる」という話がバズったことがあるが、これはこの機能を使っている。USDZというフォーマットは、アップルとピクサー、そしてアドビが共同で開発したものであり、オープンに使えるものとしてフォーマットも公開されている。

Adobe MAX 2019で公開された「ARグラスがある世界」を想定したビデオより

目指すは「AR時代のUI開発ツール」

 アドビはARに積極的だ。その姿勢は、MAXの基調講演からも見えていた。

 以下の写真は、基調講演で流された「ARグラスのある生活」を元にしたビデオである。予定を視界の中に浮かべ、名前を思い出せない人は顔認証で過去の記録から名前を呼び出し、ただの机がディスプレイに早変わりする。まるで夢のような世界だ。

Adobe MAX 2019で公開された「ARグラスがある世界」を想定したビデオより
同ビデオより。こうした世界が数年後にやってくる、とアドビは考えている

 いやまあ、今はもちろん「夢」なのだが。だが、こうした世界はいつかやってくる。その時にアドビはどう関わるのか? その答えが「Adobe Aero」だ。

 アドビのCPO(最高製品責任者)であるスコット・ベルスキー氏は次のように話す。

 「Aeroは3Dのイマーシブな世界での体験を、デザインするアプリケーションだ。同じアドビ製品でいえば、『Adobe XD』とのアナロジーで考えるとわかりやすい。ARの世界では、タップすると別のステージに移動し、また戻ってくる……といったことも必要。それを試行錯誤しながら作るには、そうした使い方に合ったデザインツールが必要だ」

 アドビはARハードウエアを作る企業ではない。ハードウエアを使う上で必要なソフトウエアを作る企業でもない。だが、それらに必要なユーザーインターフェースやそのデザイン、アートワークなどは、ほとんどがアドビのソフトウエアの上で作られている。

 特に同社は現在、ウェブやアプリのデザインツールでもある「XD」を強く推している。XDでコードが書けるわけではないが、UIのワークフローを作り、プロトタイプとして動作を確認できる。それをデザイナーと企画者、プログラマーが同時に見て作業していくことで、質の高いUI・UXをすばやく開発できる。

 アドビはARに大きな可能性を感じており、「アプリのUI開発ツール」であるXDに感じているのと同じ価値を、Aeroにも感じているのだ。今はまだ試作アプリ、という印象も強いものだが、そうやって基盤を作る部分で先行したい、と考えているのだろう。

「数」を重視、当面アップルだけに対応

 となると気になるのは、「アップル以外はどうするのか」「VRには対応しないのか」という点だ。

 ここについて、アドビのバイスプレジデント・AR室長であり、Aeroの責任者でもあるステファノ・コラッツァ氏は「問題は数だ」と言い切る。

 「もちろん、ARCoreを使ったAndroid向けバージョンも検討している。ただ現状、問題は数が少ないことだ。iPhoneなどでARKitが使えるデバイスの数は、昨年までで9億台以上。一方でARCoreに対応するAndroidは1億5000万台以下しかない。

 Android側の数がもっと増えてくるまでは、iOS向けにフォーカスしたい。VRについても同様で、非常に重要だとは思うが、現状我々はARを主軸に考えている。VR機器の出荷台数は、すべてをあわせても数千万台。将来的に大きな台数になった時の対応を考え、リサーチを進めている状況だ」

 数千万台あれば十分では……とも思うが、スマホ時代の今、プラットフォームの母数を考えると「億」の規模が必要、というのがアドビの考え方のようだ。ARはスマホのように「生活に必須」の状態にはなっていない。そうすると、普及数の数%が利用すればせいぜいであり、利用可能なプラットフォームの母数は多いに越したことはない。VRについては事情が違うようにも思うが、少なくとも「アドビはまだ数が足りないと思っている」ことだけは間違いない。

 一方でARグラスについては、「今後いくつかの製品が出てきて、メジャーになるだろう。積極的に対応していきたい」(コラッツァ氏)とも言う。要は、ARにまずは注力し、iOS・iPadOS向けでノウハウをため、プラットフォームが広がった時に他に広げていきたい……という考え方だと思われる。


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