アップル製品が分厚くなったワケ

文●松村太郎 @taromatsumura 編集● ASCII

2019年12月09日 09時00分

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 分厚くなった、とは物理的な話です。確かにiPadを見れば、ラインアップの層は大幅に厚くなりましたし、MacBook Proも16インチが加わったことでパフォーマンス重視のラインアップへと転換しました。しかし、モデルの発展で厚みが増す、というのは近年では非常に珍しいことなのです。

 その理由については、ある変化が関係している、と予想しています。

●ジョナサン・アイブが去った

 アップルの役員ページ「Leaderships」から、チーフ・デザイン・オフィサー(CDO)のジョナサン・アイブ氏の写真と名前が消えました。2019年6月に「今年中の退任」が明らかになっていたアイブ氏でしたが、いよいよ1ヵ月を切ろうかという年の瀬、米国では感謝祭を前にして、アイブ氏が常勤から離れることになりそうです。

 アイブ氏は、アップルで工業デザインチームを1996年から率いており、過去50年で最高のデザインスタジオであると高い評価を受け、本人は英国王室からナイトの称号が贈られるなど、輝かしい実績と評価が世界中から寄せられました。

 何よりすごいのは、年間2億台規模で販売するスマートフォン「iPhone」を、サイズ違いはありますが単一のデザインで仕上げたことにあります。

 より販売台数の多いサムスンやファーウェイは、様々なサイズや価格帯のスマートフォンを展開して、アップルより多くの端末を販売しています。ペン内蔵、カーブディスプレイ、折りたたみ式などのギミックもふんだんに取り入れ、消費者を惹きつけます。

 しかしアップルは今年も、同じデザインでサイズ違いの3モデルを「iPhone 11」として9月に発表・発売しただけでした。話題になりつつあるiPhone SEの新モデルが出るとしても、前回がそうであった通り、3年前のiPhone 8のデザインをそのまま使うことになりそうです。

 ミニマリズムを取り入れるアイブ氏の作風から考えると「1つのモノは1つの最適な形に収斂していく」ことになります。そこに行き着いた製品は、基本的には形を変えずに内部構造が変化し、テクノロジーの進化をそのデザインで受け止めきれなくなったとき、新たな形へと変化する、というライフサイクルをたどっていくことになるはずです。

●iPad Proを見よ

 筆者がこのアイデアの例として最適だと感じているのは、2018年に登場したiPad Proです。2019年は刷新されませんでしたが、A12X Bionicチップを搭載し、アップルのAシリーズチップ搭載デバイスでは最強モデルとなっています。

 しかし、注目すべきはそのデザインです。以前も指摘しましたが、すでに角が落とされた長方形の板でしかありません。カメラの出っ張りは残っていますが、5.9mmの厚さも均等で、ボディの曲面は角にしかありません。ディスプレー側にはホームボタンがなくなり、Face IDを実現するTrueDepthカメラが埋め込まれましたが、ガラス1枚があるだけです。

 ここまで来ると、薄くなる、大きくなる、小さくなる、素材を変える、といった変化があったとしても、iPad Proの現在のデザイン自体を変化させるモデルチェンジは当面訪れないでしょう。そして、iPad Air、iPad miniのミドルレンジの製品を、現在のiPad Proにちなんだデザインへと変化させていくことになるでしょう。

 アイブ時代、デバイスはとにかくシンプルな形状へ、薄型へ、という方向性が「進化」でした。そのため、iPhoneもiPadも、Macも、とにかく薄くなる方向へと向かっていきました。iPhoneについても、形状自体はiPhone 6から変わらない、ラウンドエッジの持ちやすいデザインが採用されています。

 裏を返せば、色や素材、サイズが変わっていますが、2014年からの5年間、iPhoneはそのデザインを大きく変えていない、ということになります。もしスマートフォンに形の新しさを求めるなら、iPhoneはつまらない存在かもしれません。しかしiPhoneが生活ツールとして定着すればするほど、奇抜さよりもイメージが変わらない存在感が重視される。そんなメッセージが伝わってきます。

●MacBook Pro 16インチとiPhone 11 Proが成立できたタブー

 外見が完成し変化しなくなっても、中身は進化を続けます。その最たる例がMacBook Pro 16インチモデルです。

 2019年11月に発表された最新モデルは、特にグラフィックス性能が大幅にアップグレードし、MacBook Proを離れゲーミングPCに移ったグラフィックス性能を重視するプロクリエイティブユーザーを呼び戻すだけの実力に追いつきました。

 16インチモデルは15インチモデルの基本的なデザインを踏襲しますが、排熱性能を大幅に向上させ、プロセッサの性能を引き出す、というよりは熱によってリミッターに当たらないようにしています。またキーボードは薄さ追求から打ち心地と信頼性重視のシザー構造に戻され、0.45mm厚さが増しました。

 結果的に、システムとしては0.8mm厚くなり、「新モデル」として登場しました。いままで薄くなり続けてきた製品が、新モデルで厚くなることは、近年で非常に珍しいアップデートだった、とふりかえることができます。おかげで、キーボードは好評だし、パフォーマンスにも余裕を持たせることができました。

 同じことがiPhone 11 Proにも言えます。iPhone 11 Proは5.8インチモデル、6.5インチモデルともに厚みを増し、また大幅に重くなりました。iPhone 11 Pro Maxはさすがに片手で持って親指で操作すると、筆者の場合すぐに腱鞘炎になってしまうほど重たかったです。

 こちらもMacBook Pro 16インチモデル同様、厚みが増すことで、Proの名に恥じないバッテリー持続時間の大幅な向上を実現しており、5.8インチでは4時間、6.5インチでは5時間も長く使えるようになりました。週末、省電力モードにすれば、充電なしでも土日を過ごせるほどです。

 物理的にはネガティブな進化となる厚みの増加。その恩恵は十分すぎるほどに得られている、と言うのが印象です。もちろん、持ち運ぶモノを無闇に大きくし続けることには反対です。しかしパフォーマンスやバッテリーなどのニーズもまた理解でき、それが製品の存在価値を大幅に高めるなら、やるべきだと判断して正解だとも思います。

 なんとなく、今までのタブーを崩しつつあるのが、2019年のアップルの新製品群だったのかもしれない、と考えることができます。

●新しいモノは変化している

 一方、まだデザインが収斂していない製品もあります。いずれも大人気となっているウェアラブル製品、Apple WatchやAirPodsです。

 デザインにしてもユースケースにしても、まだすべてのパターンを試しきれていない、あるいはどんどん新しいニーズが生まれている現状で、デザインそのものを固定してしまうのは得策ではありません。

 ジョナサン・アイブが新会社LoveFromを設立して、その顧客にアップルが真っ先に入ってくるという計画ですが、アップルとLoveFromのプロジェクトで、急成長している新しいウェアラブル分野は、きっと主要な競合のテーマになるのではないか、と思います。


筆者紹介――松村太郎

  1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。またビジネス・ブレークスルー大学で教鞭を執る。モバイル・ソーシャルのテクノロジーとライフスタイルについて取材活動をする傍ら、キャスタリア株式会社で、「ソーシャルラーニング」のプラットフォーム開発を行なっている。

公式ブログ TAROSITE.NET
Twitterアカウント @taromatsumura

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