テクノロジーと公衆衛生

文●松村太郎(@taromatsumura) 編集● ASCII

2020年01月07日 12時00分

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 2020年の最初の原稿となります。本年も、できる限り、テクノロジーのある側面、読み解き方について、お話しさせていただければ幸いです。なにとぞご愛読のほど、よろしくお願いいたします。

 今まさにラスベガスで、今年のテクノロジートレンドの方向性を見据えるイベント「CES」が開催されているところですが、筆者は人生初の寝正月に沈みました。そもそも40度の熱になるのも何十年ぶりだか、もはや記憶がありません。

 あまりに熱が下がらないので三が日に開いている大病院へ行き、8800円の追加料金を払って検査してもらったところ、なんとインフルエンザ陰性。当直でお疲れのお医者さんが申し訳なさそうに「これだと普通の風邪としての治療になってしまいます」と解熱鎮痛剤を処方され帰されました。とはいえ、患者が辛いのは同じで、せいぜい24時間早く熱が下がるかどうかが違いぐらい。とりあえず、首と腰が痛いです。あと上腕の筋肉も……。

米国だとわかりやすいインフルによる公衆衛生リスク

 医療の場合、予防接種も処置も「公衆衛生」という考え方が出てきます。対して普段医者にかかるのは治療や臨床に属していて、そもそも概念が異なります。インフルエンザでは、公衆衛生上の問題となるため、処置が変わってくるわけです。

 公衆衛生は、人々を集団と捉えて、その集団の健康をいかに維持するかを考えます。学校など集団生活が行なわれる拠点や、町や市といった自治体の面、あるいは更に大きな国レベルでの対策が取られていくことになります。

 そうする理由もあまり難しくなく、たとえばインフルエンザが拡大する場合、個人の治療では対処しきれなくなることが明白だからでしょう。米国だと更にわかりやすくなる「コスト」の問題が絡みます。

 米国では基本的に、医療費負担は基本的に日本の10倍と見ておけば大外れではありません。救急センターに駆け込もうものなら保険適用前の金額で10万円は覚悟することになります。さらに道中に万が一でも救急車を使うと、その代金も上乗せで15万円(バークレー市消防局所属の車両の場合。民間救急車だと更に倍)かかります。そりゃ救急車をめったに呼ばなくなりますよね。

 そんな米国でも、インフルエンザの予防接種は保険会社によって無料で提供されることがほとんどで、そのほかの高額請求の数々を見てくると、意外に感じます。しかし保険会社も、公衆衛生というキーワードを意識しているとなれば納得です。

 もし予防接種を無償提供せず、自社の契約者の間にインフルエンザ患者が広がった場合、毎冬ごとに保険会社はインフルエンザの治療費による保険支払いが膨大になってしまう可能性があります。

 下手すれば、入院するだけで1日100万円かかる国です。ある地域にいる1万人の契約者が10日間インフルエンザで入院しただけで、ベッド代だけで1000億円が吹き飛びます。だったら5000円で済む予防接種を1万本打ってもらった方がよっぽどリスクが低いですよね。

 もちろん保険会社にとっては、年何回でも破綻できるほどのリスクを回避できる特効薬として、公衆衛生の考え方を採用してるわけですが、実際その地域にいる人たちに予防接種を勧めることで、地域として感染が広がりにくくなったり、重症化を防げるようになります。

公衆衛生において、テクノロジーの活用は相性がいい

 日本の場合、公衆衛生として扱われているのは、インフルエンザに加えて、水疱瘡やおたふく風邪、日本脳炎などの伝染病予防、最近すっかり定着したメタボ対策に代表される生活習慣病対策、精神衛生、商品衛生、住居衛生、上下水道、公害対策、労働衛生も含まれます。

 この分野に、テクノロジーの活用は相性がいいように思います。

 たとえば、Apple Watchが登場してフィットネス機能にフォーカスされていたとき、企業や保険会社がApple Watchを配る例が出ていました。Apple Watchによってよりアクティブになることで、生活習慣病の予防に効果を発揮するのではないか。数年に1度の3万5000円の支出のほうが、毎月35万円の治療費をカバーするよりはるかに安いことは明らかですよね。

 予防だけでなく、公衆衛生が脅かされるデータが集まってくるタイムラグをなくすこともできるかもしれません。

 圧力センサーが備わっていて呼吸を計測する小石のようなデザインのガジェット「Spire」は、2016年にトランプ大統領が勝利した直後の人々の呼吸データを分析し、州ごとのストレスレベルの高まりを顕著に捉えたそうです。

 精神衛生に影響する可能性があるとして、なんらかの対策を取るようアドバイスを真っ先に出せるデータを確認できたと言います。このデータとは関係ありませんが、実際UCバークレーでは当時、学生に落ち着くよう呼びかけ、カウンセリングを提供していました。あまり良い例えじゃない気もしてきましたが。

 一方、テクノロジーの安全、個人のデータの保全も、ある種の公衆衛生に含まれるかもしれない、と筆者は考えていました。マルウェアやSNSを通じて拡がる情報の不正利用は、広がってからでは対策が難しくなり、被害が拡大し続けると言う点で、似た特性を持っていると思うからです。

 対策も色々あります。セキュリティをガチガチに固めることも一つの手ですが、過信が生まれればユーザーから崩されてあまり良い結果を生まないでしょう。アプリやサービスをわかりやすく設計することも、使っている人の習熟度が上がりやすくなるようストーリーを作ることも、良い対策だと思います。


筆者紹介――松村太郎

 1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。またビジネス・ブレークスルー大学で教鞭を執る。モバイル・ソーシャルのテクノロジーとライフスタイルについて取材活動をする傍ら、キャスタリア株式会社で、「ソーシャルラーニング」のプラットフォーム開発を行なっている。

公式ブログ TAROSITE.NET
Twitterアカウント @taromatsumura

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