松村太郎の「西海岸から見る"it"トレンド」

WWDC16:Apple Design Awardとアプリのエコシステム、ビジネス、持続性 (2/2)

文●松村太郎(@taromatsumura) 編集● ASCII.jp

2016年06月24日 16時00分

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アプリできちんとビジネスをしよう

 Ulyssesは、Mac版が44.99ドル、iPad/iPhone版は24.99ドルと、アプリでは高額な部類です。

 Mac版を使っていてiPadを持っていたら、iOS版も欲しくなる。Appleが一人の人間に複数のデバイスを販売することで、Ulyssesも売れていく。その意味で、Ulyssesのビジネスは、Appleのデバイス戦略をうまく活用していました。

 両方の環境で揃えると70ドル。でも個人的には、十分満足のいく生産性を発揮してくれていると思います。

 ファイルのバックアップは勝手に残るし、原稿の納品の際のMicrosoft Word形式での出力をサポートし、書式はMarkdownの記号で煩わしさもありません。文字数カウントも添付ファイルもサポートしています。シンプルな機能のものに価値がある、というのはなんともAppleらしいというべきでしょうか。

 アプリの価格は、もちろん安いに越したことはありません。それだけ裾野が広がる可能性もありますし、価格を下げたらそれなりにバランスが取れるポイントもあるかもしれません。

 しかし、それで開発の持続性が損なわれるのであれば、望まない結果を生んでしまうと思います。それに、後から価格を引き上げることの方が、引き下げるよりも格段に難しいはずです。

スマホユーザーが急増加しない今後は
持続性がテーマになる

 AppleのiCloudをストレージにしていることから、Ulyssesは自前でクラウドサービスを提供していません。そのため、ユーザー数の増加で経費が極端に増大するということもないし、クラウドのメンテナンスに人員を割く必要もありません。

 Ulyssesが我々に、書くことに集中する環境を与えているように、Appleは開発者に、アプリが目指すゴールに集中して開発を進める環境を提供していることがわかります。そしてこれに価値を感じるユーザーを集めて、開発者のビジネスを成立させているのです。

 WWDC16に集まった開発者たちだけでなく、その上で日々の生活をより便利に、快適にしようと考える我々もまた、Appleのエコシステムを構成する一員です。

 便利さを享受するなら対価を払おう、という基本的な価値の交換の上で成立していることに、今一度目を向けて見る機会になりました。

 AppleはWWDC16に先立って、一般の開発者向けにも月額購読型の料金プランを解放することを発表しました。また1年以上継続しているユーザーからの収益は、これまでの収益配分の70%から85%に拡大することも、併せて発表しています。

 スマートフォンユーザーの急激な増加を見込めなくなる中で、既存のユーザーが長期的に開発者のサービスを利用する方向へとシフトしていくことが伺えます。そのことからも、エコシステムの持続性がより重視され、新たなアプリビジネスの時代が幕開けすることになりそうです。

 ただ、日本でケータイを使ってきた我々からすると、やっと15年以上前に確立されたiモードの時代のビジネスモデルに追いついたという認識でしかありませんし、その認識を持ちながら、過去のビジネスをモダンに変化させるアイディアも、有効ではないかと考えています。


筆者紹介――松村太郎

 1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。またビジネス・ブレークスルー大学で教鞭を執る。米国カリフォルニア州バークレーに拠点を移し、モバイル・ソーシャルのテクノロジーとライフスタイルについて取材活動をする傍ら、キャスタリア株式会社で、「ソーシャルラーニング」のプラットフォーム開発を行なっている。

公式ブログ TAROSITE.NET
Twitterアカウント @taromatsumura

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