FeliCaが生き残るとは限らない 日本のモバイル決済が変わる日

Apple Pay登場の裏にあった本当の戦い

文●鈴木淳也(Twitter:@j17sf

2016年10月19日 17時00分

 このNFC/MSSの会合の中で、2012年8月に米小売連合のジョイントベンチャーとして立ち上がった「MCX(Merchant Customer eXchange)」のDodd Roberts氏が登壇し、同団体が考える「モバイル決済」について解説している。MCXは簡単にいえば「小売連合が出資する決済サービス提供会社」で、MCXメンバー間で共通の決済プラットフォームを導入し、POSを含む店舗の決済やロイヤリティシステムの導入コストを抑えつつ、利用者には共通のポイントプログラムや決済体験で還元というものだ。MCXのメンバーには最大手のWal-Martをはじめ、名だたる小売チェーンが名前を連ねており、このネットワーク力を活かしてユーザーへのプレゼンスも、“とある筋”への交渉力も蓄えていこうという狙いがあったと思われる。

MCXエグゼクティブのDodd Roberts氏

MCX参加企業一覧。名だたるチェーンが多数見受けられる

 MCXではユーザー向けの施策として、モバイル端末で共通に使える決済サービス「CurrentC(カレンシー)」を用意し、ユーザーはキャッシュや各種カードを持ち歩かなくとも、このCurrentCアプリさえスマートフォンに導入してアカウント登録しておけば、支払いとポイントプログラムの両方が1つのアプリで完了する。「どの端末でも使える」という部分を目指したためか、支払時には「QRコード」を表示し、これを店舗のPOSに仕掛けられたリーダーで読み取るという仕様になっている。「NFCじゃないの?」と思われるかもしれないが、当時まだNFC搭載機がミッドレンジ以下にまで広がっておらず、さらに(米国では)最大勢力であるAppleのiPhoneがNFCを搭載していなかったことを考えれば、現実路線を選択したといえる。ただCurrentCの立ち上げは遅れ、最初のベータテストが開始されたのが2015年9月の米オハイオ州コロンバスの1都市のみ。本来は年明けの2016年初頭にも本サービスが開始される見込みだったが、最終的にベータテストを抜けないままトライアル期間の2016年6月いっぱいでサービスを終了している。つまりサービスが登場する前に終わってしまったわけだ。現在、CurrentCのサイトにアクセスしてもサポートページに飛ばされるのみで、すでにその役割を終えている。

すでにGoogle検索でも出現しなくなっているが、現在CurrentCのサイトに直接アクセスするとサポートページにリダイレクトされる

 このCurrentCだが、登場時期が登場時期だけによくApple Payの「ライバル」として比較されることが多い。実際、MCXの参加メンバーであるCVS Pharmacyなどは、店舗に設置されたNFCの読み取り機で「Apple Payの決済のみ弾く」という行為を行なっており、実際に筆者が2014年12月にCVSでApple Payによる決済を試してみたところ、反応までしばらくあった後に「取引拒否」のメッセージが液晶画面に表示されるのを確認している。手法は不明だが、何らかの形で通常のNFC決済とApple Payを見分けていたと思われる。これはSoftcard立ち上げのためにGoogle Walletの市場投入をVerizon Wirelessら米携帯キャリア連合が阻止していた動きに似ているように見えるが、この本来の目的は「Apple Payの排除」というよりも“別の部分”にあったといわれている。

2014年12月に買い物をCVSで行なってApple Payを使ってみたところ、取引拒否のメッセージが出て取り扱ってもらえなかった(画面は撮影失敗でメッセージ表示後のもの)。なお、Apple Payの登録元となったデビットカードを使うと普通に支払いができた

 先ほど触れなかったCurrentCの特徴で、その最大のポイントともいえるのが「アカウントに登録するのは銀行口座」という点にある。Target発行以外の「クレジットカード」は登録できない。つまり、作成したアカウントを使って決済時に引き落とされるのは銀行口座から直接というわけだ。これが何を意味しているのかといえば、「手数料の高いクレジットカードではなく銀行口座引き落としにすることで、手数料を最小限に抑え込んで利益を最大化する」ということだ。先ほどの「Apple Payの排除」の目的も、どちらかといえばAppleそのものではなく、Apple Payの裏側にいる「クレジットカードの排除」を目的としている面が大きい。Apple Payは利用にあたってクレジットカードまたはデビットカードの登録を必要とするため、決済手数料としてはクレジットカードのそれに準ずる。Apple Payと争ったCurrentC(MCX)の戦いの本当の意味とは、「クレジットカード vs. 小売連合」ということになる。

 MCXの一部加盟店はApple Pay登場直後に決済リクエストをブロックするという手段で対抗したものの、後にこれら制限を解除し、さらにMCXの中核だったTargetとWal-Martらが自ら独自のモバイル決済サービスを打ち出したことで、CurrentCはその存在意義を失ってしまった。これが、ベータテストを抜けないままサービスが終了してしまった1年弱ほどの動きだ。今回、小売連合の当初の試みは失敗に終わってしまったわけだが、クレジットカード会社との争いはつねに両者の間で発生していることを忘れてはいけない。例えば、カナダのWal-Martが2016年7月以降VISAの取り扱いを止めていることが話題になったが、これも背景には手数料率での交渉が頓挫したことにあるといわれている。実は手数料関連の問題である地域の企業やサービスが特定のカードブランドの取り扱いを中止する(あるいは中止される)というケースは珍しくなく、例えばシンガポールではつい最近までタクシー会社がVISAを取り扱っていなかった(VISAにカード利用を止められていた)という事例がある。

 一見盤石に見える決済インフラだが、その実つねに情勢は動いている。日本でもApple Pay参入にあたってVISAが利用可能カードに含まれていないことが話題となっているが、これもVISA側の交渉の一環だ。彼らはiDやQUICPayといった他のネットワークへの乗り入れではなく、Type-A/Bの支払い手段であるVISAブランドを前面に出した「NFC Pay」でのサービスインを目指しており、現在もなおAppleを含む各社との交渉の途上にいると思われる。先ほどの“とある筋”との交渉に向けて小売各社が連携していたというのも、この交渉で少しでも有利に立とうという意図が見え隠れしていたのだろう。

 次回のアメリカ編その3はNFCを少し離れて、「未来のモバイル決済」について考えてみたい。

モバイル決済ジャーナリスト 鈴木淳也(Twitter:@j17sf

 国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現:KADOKAWA)にて複数の雑誌編集に携わる。2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」(現:アイティメディア)の立ち上げに参画したのち、2002年秋より渡米を機に独立。以後フリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年よりメインテーマを「NFCとモバイル決済」に移し、現在ではリテール向けソリューションや公共インフラ、FinTechなどをテーマに世界中で事例やトレンド取材を続けている。

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