FeliCaが生き残るとは限らない 日本のモバイル決済が変わる日

スマホモバイル決済は“決済”以外でも活用されるべき

文●鈴木淳也(Twitter:@j17sf

2016年10月26日 17時00分

 その後、BLE(Bluetooth Low Energy)という低消費電力で近距離通信が可能な仕組みが標準化され、これを使った「Bluetooth Beacon」という仕組みが登場すると、これを従来まで難しかった「プッシュ通知」に利用し、店舗側が積極的に情報発信をして顧客の誘導に活用しようという試みが盛り上がった。店舗側にBeacon発信装置を取り付け、これを受信した端末がその内容に応じて「Webに最新情報を取りにいって画面に表示する」「現在の正確な位置を把握する」といったことが可能になる。Beaconは受信側がその電波強度からおおよその距離を把握できるほか、発信装置側が出力をわざと絞って調整することで「端末が半径10cm以内に近付いたら支払いと同じ効果を持たせる」という形でNFCに近い実装ができる。店舗やドアの入り口付近に半径3~4メートル程度で反応するBeaconを仕掛ければ、そこを通過する個人を端末を通じて見分けることも可能だ。

一般的なBluetooth Beacon。小型電池が入っており、使い方しだいだが半年~2年程度は電池交換なしで連続使用が可能。Wi-Fiアクセスポイントに一体化したバッテリ不要のタイプもあり、これで位置情報取得してのインドア・ナビゲーションにも使える。写真はAruba Networks(現在はHewlett Packard Enterprise傘下)のもの

 小売店がクーポンやストアカードを発行するのは来店誘導が主な目的だが、同時に顧客の嗜好を取得してマーケティングに活用する意味合いもある。だがモバイル端末とアプリの登場で、より細かい情報の収集が可能になった。さらにBeaconの登場で店舗内の動きも把握して、場合によっては「お探しの商品、お勧めの商品が2つ向こうの棚にあります」といった積極的なアピールもできるようになっている。ただ、店舗内でのインドア・ナビゲーションにはまだまだ課題があり、屋内であるがゆえにGPSのような位置情報取得の仕組みが使えないこと、そしてBeacon自体の誤差が大きく、条件によって1~5メートル以上の誤差が出ることがあり、棚や柱が入り組んだ店舗ではあまり正確な情報が取得できないことも多い。そこで最近研究が進んでいるのが、「店舗内の照明を使った位置情報取得」の仕組みだ。

 スウェーデン企業のPricerが構築したのは、天井に取り付ける装置に光通信機能を持たせ、店舗内の棚にかけられた電子ペーパー技術を使った価格タグを一度に制御する技術だ。タグには受光装置があり、天井の照明とともに取り付けられた装置からの情報を受信して表示内容を変更できる。例えばタイムセールなどに素早く対応できるメリットがある。また、この天井の装置自体が価格タグの取り付けられた正確な場所を把握しており、これとBeaconを組み合わせることで動的な顧客誘導が可能になるというものだ。

Pricerのインドア・ナビゲーションシステム。天井に取り付けられた光通信装置から各価格タグの正確な位置を把握し、一斉制御できる

これを応用し、顧客の店舗内誘導も可能

 これと似たような仕組みを実際の店舗に導入している例もある。オランダのPhilipsが開発したLED照明を使うことで、モバイル端末を持ったユーザーが店舗内の正確な位置を知ることができる。同社によれば誤差は「数センチ程度」とのことで、Beaconよりも極めて正確な位置取得が可能だ。モバイル端末が照明からどのように正確な位置情報を割り出しているかといえば、内蔵の「イン・カメラ」を用いてLED照明から照射される人の目には見えない信号を感知し、これに加速度センサーやジャイロセンサーを組み合わせて正確な位置を素早く割り出している。フランスのCarrefourの一部店舗ですでに稼働しているとのことで、興味ある方は調べてみるといいだろう。

Philipsの天井LED照明を用いた位置情報取得システム。誤差数センチという極めて正確な位置情報取得が特徴

すでにフランスのCarrefourで稼働済みという

 Philipsとほぼ同じ仕組みでインドア・ナビゲーションを実現しているのがAcuity Brandsの照明システムだ。天井に埋め込まれた複数のLED照明のID情報をイン・カメラで読み取り、正確な位置を特定する。こちらは補助にBeaconを組み合わせており、さらに素早い位置特定が可能になっているようだ。実際に「Beaconのみ」「LED照明+Beacon」の2種類のパターンをデモしており、前者は誤差の範囲が広いうえに位置がなかなか決まらずに現在位置の点がフラフラしていたが、後者はすぐに正確な位置を指し示し、端末を動かすとその通りに現在位置が細かく追随する。おそらく、今後大規模小売店やモールから提供される専用アプリには、決済機能やクーポン機能に加え、こうした誘導技術を組み合わせた情報発信ツールが盛り込まれることになるのだろう。

Acuity Brandsの照明システムもPhilips同様に、イン・カメラを使って正確な位置情報取得を可能にしている

Beaconを組み合わせての高速で正確な位置誘導が特徴だと説明する

 アメリカで進んでいる決済と小売店向けソリューションの最新事情を3回にわたってみてきたが、次回は舞台を香港に移し、NFCとFeliCaの技術的な話題を掘り下げていく予定だ。

モバイル決済ジャーナリスト 鈴木淳也(Twitter:@j17sf

 国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現:KADOKAWA)にて複数の雑誌編集に携わる。2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」(現:アイティメディア)の立ち上げに参画したのち、2002年秋より渡米を機に独立。以後フリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年よりメインテーマを「NFCとモバイル決済」に移し、現在ではリテール向けソリューションや公共インフラ、FinTechなどをテーマに世界中で事例やトレンド取材を続けている。

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