FeliCaが生き残るとは限らない 日本のモバイル決済が変わる日

NFCとスマホモバイル決済の今後10年先を考える

文●鈴木淳也(Twitter:@j17sf

2016年12月15日 19時00分

将来にわたって使われるインフラであること

 NFCに関する取材を続けていて6年で「NFCに将来性はない」という発言は、さまざまな方面の人々から何度も聞く機会があった。それぞれに意図は異なるだろうが、比較的技術寄りの人々の言葉を代弁すれば「NFCはできることが限られており、将来的な技術開発や新しいサービス開発の余地がない」ということだと理解している。確かに、NFCはカードまたは携帯端末を非接触リーダーにかざす、あるいはタグに“かざす”ことで情報を読み取るという動作しかできず、これがすべてだ。NFC技術のもともとの発想は「誘導電流でICチップの情報を無線で読み取る仕組み」の開発にある。アンテナ同士の距離に反比例して信号が減衰するという性質を利用しつつ、今日の近距離通信を使った「タップ&ペイ」の仕組みが実現された。

 NFCがすでに確立された技術であることは間違いないと思うが、一方で決済の世界ではBluetoothや位置情報、AIなどを絡めた新しい決済技術開発の波が押し寄せている。Google Hands FreeやAmazon Goなどは典型だが、少しでも自然な形でユーザーになるべく「支払う」という行為を意識させずに決済を実現しようとしている。これらの新しいサービスではNFCは利用されておらず、「NFCに将来性はない」というのもこうした背景を受けてのものだと考えられる。実際、“枯れた”技術であるNFCよりも、新しい仕組みを考案して技術的な先進性をアピールできる点で、筆者自身もこうした新しいサービスのほうが面白いと思っている。

南フランスにあるローマ時代の水道橋遺構「ポン・デュ・ガール(Pont du Gard)」。当時ローマの植民都市だったニーム(Nimes)の街に水を送るべく、アウグストゥス帝の娘婿にあたるアグリッパによって作られた

 だが、こうした新しい技術の波が到来したとして、NFCによる非接触決済の仕組みは廃れてしまうのだろうか。おそらく答えはノーだ。銀行間取引のための“インターバンクカード”としての利用がスタートして50年以上が経過しているが、バックエンドのシステムでオンライン処理が可能になるなど日々進化を続けているものの、その基本的な仕組みは変化していない。つい先日、サンフランシスコ市内中心部のやや古いホテルに泊まったところ、カード決済が磁気カードリーダーでさえなく、カード券面のエンボス(凹凸)を使った「インプリンター」と呼ばれる転写装置での処理だったことに非常に驚いた。世の中ものすごく技術が進んでいるように見えて、その実は根本の部分は大きく変化していないということを示すエピソードだといえるかもしれない。

 NFCが枯れた技術だというのであれば、おそらくはインフラとしてインプリンターのように今後も長く使われるものになるだろう。古代の長きにわたって新鮮な水を都市に届け続けたローマ時代の水道橋は、その役割を終えてなお今日にその偉業を伝えている。100年以上にわたって使われ続けるとは考えていないが、少なくとも今後10年や20年は決済手段の1つとして、新しい技術が登場してもなおNFCは使われ続けるだろう。それがインフラであり、すでにその領域に入りつつあると認識している。

次の10年を見据えた新しいサービス開発

 NFCが20年、30年先のインプリンターとなる一方で、新しいサービス開発は続いている。こうしたサービスの流行廃りは激しく、現在は中国で急速に普及が進んでいる「Alipay」や「WeChat Pay」などのQRコードと独自のモバイルウォレットを組み合わせたサービスも、あるタイミングで急速に廃れて新しい仕組みへと移行している可能性もある。決済の基礎技術として確立しつつあるNFCと比較して、こうしたサービス事業者主導の仕組みは普及が早い反面、トレンドの変化でいきなり使われなくなることも多い。だが事業者同士の競争はサービスの質を向上させ、市場に活気を与える。ここが非常に楽しみな部分でもある。

いま話題のどのサービスが今後も生き残るかはわからない。使いやすいインフラを開拓しながら、暗中模索で進んでいく形になるだろう

 おそらくは、NFC関連インフラ普及と並行して、こうした新しいサービスの栄枯盛衰が続いていくのも今後10年の決済業界の動きになるだろう。ここまでに挙げたどのサービスが今後も生き残るかはわからない。ただ1ついえるのは、その中核に「モバイル」があることはほぼ間違いない。

 モバイル端末の中に「決済情報」「鍵情報」「チケット情報」を次々と登録して、必要に応じて取り出すというのはモバイル・ウォレットの発想だ。そして取り出す方法がNFCであり、現在もなお開発が進んでいるBluetoothなどを含めた新しい技術の数々ということになる。モバイル端末には各種センサーが搭載されており、本人確認のほか、周囲のさまざまな情報を収集してインターネットと通信する機能を有している。仮にNFCによるタップ&ペイや、タッチスクリーンを操作して決済ボタンを押す操作をしなくても、デバイスを所持している行為そのものが決済の鍵となり得る。MasterCard新しい決済の仕組みとしてデモを行なっていたのは、Pepperのようなロボットアシスタントが来店者との会話でオーダーを取り、自動で決済までする仕組みだ。この間、来店者は端末をポケットに入れているだけでBluetooth通信によりPepperと連携され、オーダー完了の過程で登録済みのカード情報で決済される。接客対応するのがAIか、棚に設置されたセンサーかの違いはあるが、Amazon Goも仕組み自体は同じ方向性を目指している。

 スマートフォン市場の拡大が転換期に入ったといわれるなか、おサイフケータイやApple Payといったモバイル・ウォレットはいまだ普及のキャズムを越えたとは言い難い。具体的な数字は差し控えるが、日本国内でのおサイフケータイとApple Payのアクティブ率はいまだ低く、これはおそらく米国を含む海外でも事情はそう変わらない。Apple Payが利用率という普及の大きな壁に差し掛かったとは近いうちに言及されると予想され、「モバイル・ウォレット」の一般化について改めて考える機会が訪れるだろう。キャズムを越える要因がApple的なUIやAIによる新しいインターフェイスなのか、あるいはポイントプログラムのようなインセンティブ主導の仕組みなのかはわからないが、今後10年はモバイル・ウォレットを次のステージに引き上げるための試行錯誤期間となるだろう。苦難の道ではあるものの、何か2011年ごろのNFCやモバイル決済まわりの取材を開始したころの雰囲気に近付いている印象もあり、個人的に非常に楽しみにしている。

2026年に向けて展望は明るい

 さて、本連載は今回が最終回となるが、次回は特別編として「Apple Pay日本上陸にまつわる諸所の事情」と題して、背後のエピソードをまとめてみたい。

モバイル決済ジャーナリスト 鈴木淳也(Twitter:@j17sf

 国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現:KADOKAWA)にて複数の雑誌編集に携わる。2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」(現:アイティメディア)の立ち上げに参画したのち、2002年秋より渡米を機に独立。以後フリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年よりメインテーマを「NFCとモバイル決済」に移し、現在ではリテール向けソリューションや公共インフラ、FinTechなどをテーマに世界中で事例やトレンド取材を続けている。

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