FeliCaが生き残るとは限らない 日本のモバイル決済が変わる日

Apple Payは本当に普及しているのか?

文●鈴木淳也(Twitter:@j17sf

2016年12月28日 17時00分

 このiPhoneでのFeliCa対応について、いち早く情報をつかんで周辺取材をしていたのは携帯ジャーナリストとして知られる石川温氏だ。同氏によれば、最初にこの情報を聞いたのが2年前、そして今年2016年の夏前に再び同じ情報源から同じ発言を聞いたことが取材のきっかけだという。Appleの次のサービス計画を少なからず知り得る情報源からのタレコミということもあったが、周辺取材を繰り返す中で8月中旬くらいにはほぼ確信となる情報を得て、日本経済新聞でのスクープ記事発表へとつながったようだ。

 時をほぼ同じくして、米国ではBloombergが次期iPhoneへのFeliCa搭載にまつわる記事を公開していた。Bloombergの記事を執筆したのは、Apple系情報Blogの9 to 5 Macで数々のスクープ記事を発表していたMark Gurman氏。同氏はシリコンバレー方面での情報ソースを複数持っていると考えられ、この周辺の情報を基にしていたとみられる。また、Bloombergの記事公開を受けて、筆者自身も最新事情をまとめた記事をEngadget日本版ですぐに執筆させてもらった。この時点で日本で2名、米国で1名のジャーナリストが別々の情報源を基にした記事を公開していたことになり、多くの人が「次期iPhoneでのFeliCa搭載と日本での関連サービス開始」をほぼ確信しつつあったと思う。結果はすでにご存じの通りだが、日本へのApple Pay上陸、そして「日本市場へのiPhone専用モデル投入」をもって10月25日にサービスが開始された。世界では12番目となるApple Payのサービス開始だが、ここでは答え合わせの結果について考察を少し行なってみたい。

 筆者を含め、少なくない人々が「Appleは国際準拠のType-A/B方式の決済サービスをそのまま日本に持ち込んでくる」と考えていたと思う。ただ、これでは日本で広く利用されている交通系ICカードの非接触による改札通過サービスが利用できないほか、既存のインフラを活用するうえでFeliCaサポートが補助的に行なわれるという可能性を考えていた。だがフタを開けてみると、日本でのApple Payは完全に日本専用仕様で、非接触通信を使ったすべての対面方式サービスはFeliCaチップへと結びつけられており、登録したクレジットカードはすべてiDまたはQUICPayのサービスのいずれかへと割り当てられることになる。American ExpressやMasterCardなど、いわゆる国際カードブランドと呼ばれる決済ネットワークの仕組みはオンライン決済にのみ適用され、この点が他国でのApple Payと大きく異なっている。

 正直なところでいうと、Apple Payが硬直化しつつあった日本の決済事情に風穴を開ける可能性に期待した部分があった筆者には、Apple Payがインフラ相乗りのみで妥協してしまった点には少なからず失望している。このほか、日本には専用モデルのiPhoneが用意されて諸外国で購入したiPhoneを国内に持ち込んでも非接触決済サービスが利用できないのは、今後のインバウンド需要やインフラ投資を考えるうえでもマイナスだ。また今回はあまり触れないが、ユーザーインターフェイスや使い勝手を含めて既存のおサイフケータイを大きく越えるものではなかったため、Apple Pay登場前後でユーザーの行動様式やカード決済増加にほとんど寄与していないという点も問題視している。今回、Apple Pay上陸後の変化について周辺情報の聞き込みをした限り、Apple Payの日本上陸自体はモバイル決済の“キャズム”越えには力不足だと考えつつある。つまり、現状のままでは国内外のApple Payはかつておサイフケータイが経験した「普及の壁にぶつかる」のも時間の問題というわけだ。今回得られた教訓は、モバイル決済普及にはユーザーインターフェイスの工夫だけでなく、「ユーザーに継続的にサービスを使わせるためのモチベーション」を喚起する施策を考える必要があると筆者は考える。

iPhone 7で利用可能なSuica。サードパーティにNFC機能を解放した現時点で唯一のケースだ

 さて、iPhoneへのFeliCa搭載部分に話を戻すと、この計画自体は2年前の2014年秋の時点ですでに存在していた可能性が高いと予想している。この時点で、現在国内のApple Payの主要プレイヤーであるNTTドコモとJCBがすでに交渉に動いていたこと、そして現在までFeliCa専用の読み取り機には手をつけなかったことから、可能な限り既存のインフラを生かす、つまりFeliCa採用自体はこの時点で既定路線だったというわけだ。

 前述の石川氏が2年前のどのタイミングで話を聞いたかはわからないが(おそらく2014年にiPhone 6が発表された直後だと思われる)、「iPhoneへのFeliCa搭載で日本にApple Payを持ち込む計画がある」という話をApple側から情報源が聞いていたのだろう。JR東日本がどのタイミングで計画に乗ってきたのか正確なところは不明だが、複数の情報から推察する限り、少なくとも1年前の2015年夏ごろにはApple Payへの相乗りを計画していたとみている。当初、2016年秋といわれたサービスイン予定には間に合わないとされ、その場合は物販だけでも先行する形で投入するという話が2016年前半時点では流れていた。だが、最終的に2016年9月初旬の正式発表のタイミングには間に合ったということで、滑り込みでのサービスインだったのではないかというのが筆者の考えだ。8月時点でBloombergは「iPhoneでの日本の交通サービス利用は2017年から」と報じていたが、これはおそらく少しだけ古い情報を入手していたということで、iDやQUICPayと比較していかにSuicaの提供がギリギリだったかを物語っているといえる。

Apple Payがキャズムを越える日

 最近、モバイル決済界隈で関係者らとの会話でたびたび話題にしているのが「(国内外で)モバイル端末を使って実際に決済している場面に遭遇したか」ということだ。日本ではマジョリティではないとはいえ、おサイフケータイを利用する層は一定数存在するので珍しくないが、「iPhoneで決済している場面に遭遇したか」と置き換えておけばいいだろう。

米国の小売店でApple Payなど非接触決済が利用可能なことを示すアクセプタンスマークを見かけることは多い

 たとえば、連載の5回目でも紹介した英国ロンドン。2016年11月に再訪したところ、驚くほどNFCによる非接触決済インフラが浸透しており、おそらく筆者の行動範囲ではすべて現金なしでタップ&ペイのみで滞在中の支払いをまかなえると思っている。残念ながら、筆者の持っていたiPhoneにApple Payとして登録したBank of Americaのカードはロンドン地下鉄の改札で弾かれてしまい、オープンループによる乗車はできず、Oysterカードを使う必要があった。偶然にも、同月に筆者とNFC関連で一緒に取材活動を続けている2人の同業者が別々のタイミングでロンドンを訪問する機会があり、こちらはNTTドコモが提供するiD/NFC(旧名:iD/PayPass)のサービスを使ってスーパーでの決済や地下鉄乗車を無事に成功させている。

 ところが、自分を含む3人がロンドン滞在中に「携帯端末を使ってタップ&ペイを行っている姿を見たか?」というトピックで話し合ったところ、1名が駅の改札でApple Payを試している姿に遭遇したという報告があった以外は、「みんなカードを読み取り機にタッチしているか、現金などで払っている」という意見だった。英国では発行されるクレジットカード(デビットカード)にType-A/B方式のNFC決済機能が搭載されており、これを使った決済のほうがモバイル端末を使った決済より多かったというわけだ。地下鉄はOysterを使っているのか、あるいはNFC機能付きクレジットカードを使っているのかはわからないが、少なくともモバイル端末を使っている場面には遭遇していない。これは、その後やはりロンドンを経由してカンヌでのセキュリティの国際会議に参加していたコンサルタントの方も同じ意見を出しており、モバイル決済の普及がインフラの展開ほどには進んでいない現状が見えつつある。

先日訪れた米カリフォルニア州パロアルトの「やよい軒」では、レジにSquareを導入してApple Payによる決済が可能になっていた。ただプロモーションを行なっていたのはAndroid Payだが……

 「鶏が先か、卵が先か」という議論はNFC黎明期によく繰り返されていたが、いざ鶏を揃えてみたら卵が出てこずに循環が発生しないという状況がモバイル決済で起きつつある。「Apple Payの登録でサーバがダウンした」ということが中国や日本ではサービス開始時に話題になったが、最初の熱狂を過ぎると、後はサービスを気に入って使い続けるアクティブユーザーの定着率が問題となってくる。米国ではApple Payが開始されてすでに2年が経過しているが、このアクティブユーザーの状況について改めて検証するフェイズが到来しつつある。現在はAndroid Payを含め、各社の決済サービスも逐次投入されてまだ話題が盛り上がっているが、かつて日本でおサイフケータイが直面した状況が海外でも顕在化しつつある。各社がマーケティング施策をフェードアウトし始めたタイミングで、これらモバイル決済はどのように次を見据えればいいのだろうか。

英国ロンドンのセントパンクラス駅では構内でAndroid Payのプロモーションが延々と流れていた

 インフラ整備が途上にある一方で、サービス提供者側、特にモバイル決済の中核となるウォレットサービスを提供するプラットフォーム事業者や、決済サービスの中核となるカード発行会社のイシュア、そしてユーザーにロイヤリティサービスを提供する小売り事業者は、本来モバイル決済を提供する過程で目指していた「ユーザーの定着による消費サイクルの促進」をいかに実現するかの岐路に立っている。中国では、QRコードを使った決済サービスであるAlipayやWeChat Payの利用が急速に進んだことが話題になった。簡単に利用できるという利便性の高さもあるが、決済サービスの口座からキャッシュアウト(出金)しなければ手数料無料という仕組みで、かつユーザーが普段利用するオンライン決済口座がそのまま利用できるということで、ユーザーにも店舗にも投資負担が少ないというメリットがある。かつては偽札流通でも問題となった中国は、より便利な決済サービスやシステムが登場することで急速にオンライン取引が勃興し、既存の流通そのものを変化させつつある。実はApple Payも普及においてはFeliCa搭載かどうかは実はさほど重要ではなく、単なるインフラ相乗りではないより大局的にメリットのあるサービスを提供することが、将来的なキャズム越えで必要なのかもしれない。

モバイル決済ジャーナリスト 鈴木淳也(Twitter:@j17sf

 国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現:KADOKAWA)にて複数の雑誌編集に携わる。2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」(現:アイティメディア)の立ち上げに参画したのち、2002年秋より渡米を機に独立。以後フリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年よりメインテーマを「NFCとモバイル決済」に移し、現在ではリテール向けソリューションや公共インフラ、FinTechなどをテーマに世界中で事例やトレンド取材を続けている。

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