スマホメーカー栄枯盛衰~山根博士の携帯大辞典

「所有することを喜べる」美しいスマホをつくる「スマーティザン」は日本に上陸するのか

文●山根康宏 編集●ゆうこば

2017年02月12日 12時00分

 鏡面仕上げのボディー、左右対称のデザイン、ディスプレーに埋め込まれた横一列に並ぶ3つの棒状ボタン、付属の工具を使って取り外す背面カバーなど、美しさにこだわりを見せた製品でした。中国のECサイトでは予約が殺到。発売前から人気製品となりました。

 T1の価格は当時3000元(約4万9000円)。シャオミのハイエンド端末が1999元(約3万2700円)で人気絶頂である中、それよりも高い強気の価格設定で登場しました。

 T1のスペックはSnapdragon 801(4コア、2.5GHz)、メモリー2GB、ストレージ16GB、背面カメラ1300万画素。

 OSはAndroidをカスタマイズした「スマーティザン OS」を採用。一見すると普通のハイエンドスマートフォンに見えます。しかし、中国国内でT1は別の意味で大きな話題となったのです。

 それはスマーティザンの創業者・羅永浩氏が中国では有名人だったからです。羅氏はスマーティザン創業以前に中国大手のSNSを運営し、その後は英語学校を運営。

 歯に衣着せぬトークと自身の成功談話をひっさげ、自伝の出版や中国全土での講演会を開き、各地で引っ張りだこになるなど、中国で知らない人がいないほどの存在でした。

 羅氏を有名にしたのは、2011年のある事件でした。自身が購入した西洋メーカーの家電製品が、立て続けに壊れたことからメーカーにクレームをしたものの、不具合を認めなかったことからSNSで反論。

 そして、11月には抗議のため、北京の同社前で3台の冷蔵庫をハンマーで叩きつけて破壊し、SNSに動画もアップして自身の行動を公開しました。

 羅氏はこの「シーメンス冷蔵庫ハンマー破壊事件」で大手企業や既存権力に立ち向かう反権力主義者、正義感あふれる国民の代弁者として一躍話題の人となったのです。

 そんな羅氏が、スマートフォンを手がけるとは、いったいどんな製品なのだろうと大きな期待を集めたのです。

本体デザインもさることながら「羅永浩氏のスマホ」として話題となった「T1」

 スマーティザンの社名は「Smart」と「Artisan」を繋ぎ合わせた造語で、そのまま訳すれば「スマートな職人技の製品」となります。

 しかし、中国語社名にある「鐘」はハンマーの意味で、同社のロゴもそれをかたどった「T」の文字となっています。

 では、Smartisanはなぜハンマーをロゴや社名にしたのでしょうか? それは美しいパッケージングも含めた端末の完成度を見ると理解できます。

 当時低価格・高性能な製品で急成長していたシャオミへ対し「スペックだけではなく、美しさや感動も与えるべきではないか?」というアンチテーゼが込められているのではないか、と筆者は考えます。

 2015年9月には低価格モデルとなる「JianGuo U1」を発表します。本体は背面カラーが7色のカラーバリエーションで、パッケージの表面もその色に合わせるという、凝ったつくりでした。

 背面カバーは交換できますが、交換すると待ち受け画面の背景カラーも同じ色に変わるという手の込んだことをやっています。

 羅氏の製品に対するこだわりは、1000元(約1万7000円)を切る低価格モデルにも浸透しているのです。

 このU1も安い値段とスペックだけを売りにしているシャオミの「紅米」シリーズに対して、180度違うアプローチから開発されたモデルでした。

 そして、U1の発表に合わせスマーティザンは日本市場への参入を発表します。中国国内でもまだ2機種3モデル(T1には発売時の3Gモデルと、その後登場した4Gモデルがある)しかリリースしていないにも関わらず、日本展開を考えたのはこれも羅CEOの考えでしょう。

 羅氏は日本好きとしても知られており、前述のハンマー事件の際は「家電製品は日本製が信頼できる」と明言したほど。

 デザインにも興味を持つ羅氏は無印良品などミニマリズムに通じるデザインの製品に感銘を受けており、そんな日本で自身がつくり上げた製品をいつかは販売したいと考えていたのでしょう。

カラフルボディーの低価格モデル「JianGuo U1」。独自のスマーティザン OSを搭載

プレミアムなスマートフォンを目指す。日本進出の夢はどこへ

 2015年12月には、ハイエンドモデルの後継機「T2」を発表します。T1のデザイン面の美しさは損なわずに、多くの部分が改良されました。

 しかし、羅氏がこだわったのはまたしても本体のデザインです。古くからのアップル製品のファンでもある羅氏は「いまのiPhoneのデザインは美しくない」と、ボディー側面のギャップ部分を指摘。

 T2はギャップレスで継ぎ目のないデザインに仕上げられています。また、背面カバーの取り外しが必要だったSIMスロットも、側面のトレイ式に変更。そのトレイは音量のボリュームボタンにすることで、側面デザインの美しさを損なわないようにしています。

 また、スマーティザン OSもバージョンアップし、同OSを使っているほかのユーザーの画面を呼び出して操作できる、リモートデスクトップのような機能も搭載しました。

 自分の親や子供などがスマーティザンのスマートフォンを買った時、リモートで設定などを行なうことができるのです。

 スマーティザン OSはアイコンがタイルに乗ったデザインになっていますが、そのタイルを動かすと、背面に壁紙がチラ見できる、なんて遊び心をもった機能も追加されました。

 一方では、指紋認証センサーを搭載しておらず、NFCも非搭載。また、本体デザインはT1とほぼ同じままでした。ミニマリズムを好む羅CEOとしては、本体デザインはiPhoneのように2年おきにモデルチェンジでも構わないと考えていたのかもしれません。

 しかし、市場はT1が登場した時のような、世の中を驚かせてくれるような製品を望んでいたことと思われます。T2は残念ながらT1ほどの話題を得ることはできませんでした。

美しさに磨きをかけた「T2」だったが、「T1」登場時ほどのインパクトを与えることはできなかった

 2016年に入り、毎月のように各社から新製品が登場する中、スマーティザンは沈黙を守ったままでした。

 しかし、10月にようやく新製品を発表します。それが「M1」「M1L」でした。Tシリーズとはデザインは大きく変わり、円形のホームボタンを採用。背面こそカメラを中央に備えましたが、外見はiPhoneを彷彿させるものになりました。

 ただし、ボディーカラーはマットホワイト、鏡面ホワイト、コーヒーブラウンの3色。コーヒーカラーは大胆な色合いです。

 M1は5.2型フルHD解像度(1080×1920ドット)、M1Lは5.7型WQHD解像度(1440×2560ドット)ディスプレーを搭載。チップセットはSnapdragon 821で、メモリーは最上位モデルが6GBを搭載。

 カメラは背面が2300万画素と高画質で、M1Lは4080mAhの大容量バッテリーを搭載します。価格はM1のメモリー4GB/ストレージ32GBモデルが2499元(約4万1000円)、M1Lの鏡面仕上げメモリー6GB/ストレージ64GBモデルが3499元(約5万7500円)に設定されました。

 2017年になるとスマーティザンのウェブページ(中国)からはT2やU1の姿は消え、M1/M1Lのみを掲載。U1で低価格機市場にも参入したものの、このクラスの製品は競争が激しくなっています。

 また、自社ファンの獲得やブランド力を高める効果は少なかったのかもしれません。スマーティザンは今、プレミアム端末ブランドとして生き残りをかけるようです。

2年ぶりのフルモデルチェンジとなる「M1」。コーヒーブラウンのボディーカラーは斬新

 少数精鋭のラインアップで市場に参入し、製品価値を高める戦略を取るはずだったスマーティザンですが、参入から1年間で中国市場の状況は大きく変わりました。

 シャオミの勢いが止まり、ファーウェイが急伸。そのファーウェイをオッポ(OPPO)とビボ(VIVO)が抜き去るとは、羅氏も読むことはできなかったでしょう。そのファーウェイの「P9」はライカのカメラを売りとし、オッポはセルフィーの美しさで販売数を大きく伸ばしています。

 これに対し、スマーティサンの製品は「本体やUIの美しさ」が評価されても、具体的に何ができるか、その点のアピールが弱い点は否めません。

 いまや中国で年間を通じ一番売れる端末はiPhoneでもシャオミでもなく、オッポという時代になりました。しかも、M1/M1Lのフロントカメラは400万画素、microSDカード非対応でストレージ最大モデルが64GBという点は、いまとなっては見劣りします。

 日本語もあったスマーティザンのウェブページも2017年に入り、中国語と英語だけになってしまい、日本参入の話もすっかり聞かれないものとなってしまっています。

 プレミアム端末で立て直しをはかり、「所有することを喜べる」美しいスマートフォンを、ぜひ日本市場にも投入して欲しいものです。

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