MCコジマのカルチャー編集後記

オンキヨー高音質スマホ「GRANBEAT」が魅力的

文●コジマ/ASCII

2017年03月03日 08時00分

 まずはやはり高音質という面。オーディオライターの折原一也さんが、「自腹購入に後悔なし! オンキヨーの超高音質スマホ『GRANBEAT』レビュー」と題して、音質をチェックしています。

 もう一つは「SIMフリー機としてはどうか?」という面。こちらはASCII編集部のスマホ担当・ゆうこばさんが、「SIMフリー機としての魅力は? オンキヨー『GRANBEAT』実機レビュー」と題して、スマホとしてはどのぐらいの性能や特徴を持っているのかをチェックしました。

 やはりサイズの面で、コンパクトさをウリにする端末と比べるとどうしてもゴツい印象は否めません。また、昨今では各メーカーが当たり前のように力を入れているカメラ性能でも、やや見劣りするのが正直なところ。

 しかし、ハイレゾプレーヤーとして当たり前に使えてしまうのは、疑いなく個性でありメリット。筆者は音質にそれほどこだわりもなく、「そもそも電車などの移動中に高音質で聴くのは逆に難しい」という考えの持ち主でして、iPhone 7で音楽を聴いています。とはいえ、たまにはハイレゾの音に浸りたいこともある。けれど、そのためにポータブル音楽プレーヤーを別に持ち歩くのも手間だし……。

 そのような悩みを抱えている人にとっては、GRANBEATはなかなか魅力的。「スマホとポータブル音楽プレーヤーを両方持つぐらいなら、いっそ……」と思わせるほどの個性があるのは確かでしょう。ぜひレビュー記事を読んでほしい、そして実物をチェックしてほしい端末です。

今日の作業“中”BGM
Sergiu Celibidache「Shostakovich: Symphony No.9 & No.5」

Image from Amazon.co.jp
SSS0175 セルジュ・チェリビダッケ指揮 ショスタコーヴィチ:交響曲第9番:交響曲第5番「革命」

 セルジュ・チェリビダッケはルーマニア生まれの指揮者。その才能を評価する声は、彼が存命の間から大きかった。ただ相当の毒舌家であり、気難しい性格だったようで、伝説的なエピソードには事欠きません。

 また、極端に録音媒体を嫌って、レコードやCDなどをほとんど発売しませんでした(「レコードでは真価などわかるはずがない」と述べていたとか)。その事実が、彼の伝説化に拍車をかけた面もあるでしょう。存命中から多くの海賊盤が出回ってしまい、彼の死後には遺族が海賊盤を駆逐すべく、未発表の演奏会の録音を発売しています。

 チェリビダッケはもともとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で活躍したのですがが、当時のベルリン・フィルともっとも結びつきの深かった大指揮者のヴィルヘルム・フルトヴェングラーとうまくいかなくなり、オーケストラとの関係も(おそらくは彼自身の性格のせいもあり)悪化。その後はしばらくイタリアを中心に活動。さらに1960年代には北欧のオーケストラとの結びつきを強めます。

 その時期に録音された演奏会を収録したのがこちら。客席指揮者として活躍していたスウェーデン放送交響楽団とのライブで、ショスタコーヴィチの交響曲第5番(1967年録音)、第9番(1964年録音)のカップリングになっています。

 とくに交響曲第5番は、チェリビダッケの才能を示すものとして、おそらくCDとしては最良の例ではないでしょうか。落ち着いたテンポで特に作為的なところを感じさせないのですが、オーケストラにみっちりと練習させ、そしてたくみに指揮しているのでしょう、音が濁ったり、力任せに聴こえるところがありません。まさしく透明な響き。そこに、自然と楽曲そのもののすごみが現れてくる。

 筆者が聴いたショスタコーヴィチの録音の中でも、「なんとすごい曲なんだ」と感じさせる点においては最右翼です。ショスタコーヴィチの交響曲は、熱く苛烈に演奏するか、もしくは冷たく荘厳に解釈するのがありがちな調理法ですが、そのどちらでもない。淡々と、そして正確に演奏するだけで、スコアに書かれたグロテスクな不安を表現できてしまう。表現しないことによる表現、とでもいうのでしょうか……。彼に心酔する聴衆が後を絶たなかった理由が、このCDを聴くとおぼろげながらわかってきます。

 ちなみにチェリビダッケについて書いた本は「異端のマエストロ チェリビダッケ」が詳しいほか、「私が独裁者?モーツァルトこそ!―チェリビダッケ音楽語録」では彼のすさまじい毒舌ぶりもうかがえます。

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