スマホメーカー栄枯盛衰~山根博士の携帯大辞典

PCメーカーの大手・HPに見るモバイルOS戦略の難しさ

文●山根康宏 編集●ゆうこば

2017年07月09日 12時00分

 同年には縦型で利用するPDA製品群も新しく展開します。エントリーモデルとして携帯電話機能のない「iPAQ 100」「iPAQ 200」の2種類を投入、後者はビジネスマーケットを狙ったモデルとして製品を分けました。

 その上に位置する「iPAQ 300」はGPSを搭載したトラベルコンパニオンとして登場。ボイスメッセンジャーの別名も持ち、3G機能を搭載した「iPAQ 500」はスマートフォンに近い存在です。

 さらにその上位の「iPAQ 600」は3G+GPS内蔵、「iPAQ 900」はQWERTYキーボードも備えたメッセンジャーとしていつでもどこでもメールの打てる端末とシリーズを一気に増加。ターゲットユーザーを細かく分けた展開を始めたのです。

 これらの新モデルは共通デザインとして本体のカラーをブラックとしました。これはシルバーで一辺倒になっていた他社のスマートフォンとは一線を画するルックスでもあったのです。

 また、最上位の900シリーズはBlackBerryのイメージを追いかけたものだったのでしょう。実は2006年のPDA/スマートフォンのマーケットシェアのトップはBlackBerry。ガートナーの調査ではブラックベリーがシェア19.8%で1位、2位はパームの11.1%、3位HPの9.7%と続きます。

スタイリッシュなデザインで登場した「iPAQ rx4000シリーズ」

 しかし、4位のMioが8.5%、5位シャープが8%とHPの後にピタリと着けていました。この2社は2005年からの出荷量を倍増以上とし、PDA/スマートフォン市場で頭角を現し始めていたのです。

 一方、HPは2004年以降、267万台、226万台、177万台と販売数を減らしていました。2007年にはいると第1四半期にMio、シャープに抜かれただけではなく、前年同期比で200倍以上を出荷したサムスン、そしてノキアにも抜かれてシェア5位圏内から脱落しています。

 つまり、2007年のHPの新製品は、PDA/スマートフォン市場でのテコ入れという意味合いが大きかったのでしょう。しかも、この2007年といえば初代iPhoneが発売、サムスンがスタイリッシュなQWERTYキーボード搭載のWindows Mobile機「BlackJack」を出すなど、モバイルデバイスを取り巻く環境が一気に変わった年でした。

 翌2008年に「iPhone 3G」が発売され、App Storeも開始。3Gの高速通信回線と使いやすいアプリを提供するエコシステムが受け、iPhoneはシェアを一気に拡大していきます。

 しかし、ノキアもまだ力は強く、メッセンジャーとしてはBlackBerryの存在力も大きいものでした。Windows Mobile系のPDAやスマートフォンは、Exchangeユーザーなど一部の企業ユーザー向けに留まり、シェアを落としていきます。

 HPは2009年末に「iPAQ Glisten」を発売し、これが最後のWindows Mobile端末となりました。QWERTYキーボードを搭載したBlackBerryライクなデザインで、CPUはクアルコムのMSM7200A(533MHz)、メモリー256MB、ストレージ512MB、2.5型320×240ドットディスプレー、3.15MPカメラ。通信方式は3G/HSDPA対応と、当時としてはハイスペックな製品でした。

しかし、もはやWindows Mobile機ではビジネス層からコンシューマー層へと広がっていったスマートフォン需要に対応することはできなかったのです。

HP最後のWindows Mobile機となった「iPAQ Glisten」

Palmの買収と失敗、Windows 10 Mobileで復権なるか

 2010年、HPはPalm社の買収を発表します。Palmと言えば、PDA/スマートフォンでPalm OS機やWindows Mobile機を出していましたが、iPhone登場以降に販売数は急落。2009年に次世代OSとしてWebOSを開発し、同OS搭載のスマートフォン「Palm Pre」を投入していました。しかし、iPhoneやノキア、サムスン、ブラックベリーと言う強敵の前に、成果を出せませんでした。

 そのPalmをHPが買収したのは、次世代のモバイルOSとして「WebOS」に注目したからです。しかし、Windows PCも開発する同社が、モバイルOSとして非Windows系OSを採用するという動きは、エコシステムの観点から疑問の声も上がりました。

 また、Android OSが台頭するとともに、圧倒的なシェアを誇っていたSymbian OSの地位が急落するという状況の中、新しいOSであるWebOSが対抗勢力として生き残れるかという点も不透明なままでした。

 2011年2月に発表された「Veer」「Pre3」は、旧Palm時代の「Palm Pixi Plus」「Pre2」の後継モデルでした。Veerはスライド式のQWERTYキーボードを備え、2.6型ディスプレーを搭載。手のひらにすっぽりと収まる超小型サイズでしたが、スマートフォンとして考えると小さすぎるモデルでした。

 Pre3はPre2より大きい3.58型480×800ドットのディスプレーを搭載し、ビジネス需要にも耐えうる製品でした。この2製品に加え、HPはタブレット「TouchPad」も投入します。

Pre3(左)とVeer(右)。WebOS端末でモバイル市場へ攻め入った

 TouchPadにVeerやPre3をかざすと情報を同期したり、複数のアプリを「カード」としてスタックにまとめて管理できる利便性をWebOSは持っていました。

 けれど、時代はAndroidとiOSの2強時代を迎え、それ以外のOSのスマートフォンは苦戦を強いられる状況でした。結局、後から参入したWebOSに、消費者の関心が向くことはありませんでした。それに加え、HPの強みでもあった企業向けへユーザーへのWebOS端末の導入も進まなかったのです。

 最終的に、HPは2011年8月にWebOS事業の終了を発表。自社製品発表からわずか半年でWebOSデバイスの命は尽きてしまいました。

 同年9月に就任したメグ・ホイットマンCEOは次期タブレットのOSとしてマイクロソフトの「Windows 8」を採用すると明らかにし、Windowsへの回帰を決定。Palmの買収はHPにとって、モバイル事業復権の鍵にはならなかったのです。

 さて、Windows系のモバイルOSとしては2010年にWindows Phone 7が登場。2012年にはPCのWindows OSとカーネルなどを共有化したWindows Phone 8が発表されます。

 ただし、HPはモバイル端末へは参入せず、これらのOSが登場してもタブレットのみをリリースし、原点回帰ともいえるビジネス向けへの売り込みを図ります。

 Androidが事実上の世界標準となった状況の中で、自社でスマートフォンを出すメリットはないという判断もあったのでしょう。

 HPは本業とも言えるPC事業でレノボとシェアトップの座をいまでも争っています。PC市場は縮小を続けていますが、ポストPCとしてタブレットが延びている中、Windowsタブレットに注力することが最優先だったと考えられます。2013年以降、HPはタブレットを多数リリース。一部製品は3G/4G機能も搭載しています。

 このようにモバイル・スマートフォン事業から事実上撤退したHPでしたが、2015年にデスクトップとモバイルでプラットフォームが完全統一されたWindows 10が登場すると、すかさずハイスペックなWindows 10 Mobileスマートフォン「HP Elite x3」を2016年2月に発表します。

 Elite x3のスペックはSnapdragon 820に5.96型WQHD解像度(1440×2560ドット)ディスプレー、4GBメモリー、64GBストレージ、1600万画素カメラ+フロント800万画素カメラ、4150mAhバッテリーというモンスタークラスのスペック。

 他社のAndroidスマートフォンのハイエンドモデルと肩を並べる性能であることはもちろん、Windows 10 Mobile機の中でも最上位に位置する製品でした。

パワフルなWindows 10 Mobile機「Elite x3」

 しかも、本体は防水防塵対応。ノートPCスタイルのドッキングステーションを使えば、Windows 10 MobileのContinuum機能により大型画面とキーボードを利用することができるのです。

 Windows 10 Mobileと言えば、ノキアやマイクロソフトの製品がメジャーな存在でしたが、Elite x3の投入でHPの名前がトップに躍り出たのです。

 企業ユーザーのみならず、個人ユースでも十分なスペックを持つElite x3はWindows 10 Mobile端末市場をけん引する存在になるはずでした。

 しかし、マイクロソフトのスマートフォン戦略の先行きがはっきりとせず、Elite x3は孤軍奮闘する存在となってしまいました。2017年に入ってもWindows 10 Mobileスマートフォンの新製品は他社からも出てきておらず、同OSにかけるHPの意気込みは現時点では空回りしてしまっている、という状況です。

 Elite x3というハイスペックかつ合体も出来るスマートフォンを開発したHPの技術力は高く、マイクロソフトのモバイル端末の将来の一角を担うメーカーになることは間違いないでしょう。

 HPのスマートフォンの運命は、マイクロソフトが握っている状況となっています。Windows 10 Mobileの今後の動きは、HPのスマートフォン戦略そのものを左右するものになっているのです。

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