スマホメーカー栄枯盛衰~山根博士の携帯大辞典

100万円以上の超高級携帯メーカー「VERTU」が経営破綻したワケ

文●山根康宏 編集●ゆうこば

2017年07月14日 17時00分

 初代の「Nokia 8810」は1998年に登場。携帯電話と言えば武骨なデザインのモデルばかりだった時代に、シルバーメッキされたアンテナレスのボディーは「携帯電話のポルシェ」と呼ばれるほど美しい製品でした。その後ノキアは「Nokia 8850」など派生モデルをリリースしていきます。

 しかし、ノキアは一般コンシューマー向けの製品をつくるメーカーです。より高級感を高めた製品を送り出すにもコストや販路などの問題があり、ある程度の価格を超えるモデルを出すことはできません。例えば、本体の素材に金を使う、なんてモデルを出すことは販売戦略上も困難だったのです。

 そこでノキアからスピンアウトして設立されたのがVERTUでした。VERTUはクラフツマンシップな端末をつくるメーカーであり、大量生産される製品ではなく、1台の端末を1人の職人が専属でつくり上げるというコンセプトでスタートしました。

 2003年に登場した初代モデル「VERTU Signature」はモノクロディスプレーの通話とSMS専用携帯電話で、通信方式も2Gのみ対応。

 しかし、専用のコンシェルジェを呼び出せるボタンを搭載し、数百万円するモデルがセレブや高所得者層などに飛ぶように売れたと言います。

 その後はディスプレーのカラー化や3Gへの対応などを進めていきます。スポーティーなデザインの「Ascent」や折り畳みスタイルの「Ayxta」、低価格な「Constellation」などラインナップも拡大していきました。

 しかし、iPhoneが登場した2007年以降、携帯電話からスマートフォンへと多くの消費者がシフトしていきます。VERTUの単機能な携帯電話からiPhoneに乗り換える、というユーザーも増えていたようです。

 そこで登場したのがVERTUのスマートフォンでした。2010年末に登場した「VERTU Constellation Quest」はQWERTYキーボードを搭載した縦型端末。

VERTU初のスマートフォンはQWERTYキーボード搭載の「Constellation Quest」

 ベースモデルはノキアの「E72」。そのためOSはSymbianでした。E72の登場は2009年6月。それから1年半の間に、市場は急激にタッチパネルスマートフォンへの移行が進み、しかもSymbian OSはシェアを落としていく、そんな時代でした。

 このQuestは画面解像度をE72の倍である640×480ドットとしたため、市場に出回っているSymbianアプリの対応に手間がかかるという欠点も抱えていたのです。

 Questの販売時期にはスマートフォンOSのシェアでSymbianが首位から脱落。Androidに抜かれ2位に転落しています。

 Symbianアプリの数が少ないうえに、Questに対応するものもわずか。そしてタッチパネルにも非対応。Questは華々しくデビューしたものの、VERTUのスマートフォンへ市場への参入をけん引することはできませんでした。

 しかし、ノキアのスマートフォンもタッチパネルに対応した製品が増えたことから、VERTUもベースモデルを変更して新たな製品を投入しました。

 2011年にタッチパネル搭載の「VERTU Constellation Touch」を発売します。こちらはノキアの「N8」がベース。3.5型360×640ドットのやや縦長なディスプレーに細身の本体スタイル。画面をタッチして操作できることからQuestよりも評判は高めでした。

 しかし、世の中はiPhoneが大ブーム。VERTUを買わず、iPhoneに高級なケースを着けて高級感を味わうセレブたちも多く、売り上げは伸びなかったと思われます。

タッチパネルとなったConstellation Touchだが、Symbian OSがネックだった

 もちろんVERTUがターゲットとする高所得者層は、スマートフォンアプリを入れ替えしてあれこれ楽しむ、なんてことはせず、何かあればコンシェルジェに電話をかける、という生活スタイルが身についています。

 ところが、iPhoneの登場以降、SNSを使ったコミュニケーションが一般的になりました。すると同じFacebookの画面でも、iPhoneのほうがSymbianよりも見栄えが良くオシャレにも見えます。

 製品の外観は良くとも、中身が追い付いていない、それがSymbianを採用したConstellationの弱点のひとつでもあったのです。

 なお、VERTUの端末のディスプレーはサファイアグラスコーティングを採用しています。そのため保護フィルムと言う概念は存在しません。何も貼らずとも傷がつきにくいからです。またボタンの一部にはルビーを採用、耳の当たる部分はセラミック製とし、ダイヤのピアスを付けていても傷がつくことがありません。

 さらには、マイクやスピーカーも高品質なパーツを利用。一説にはヤマハ製のスピーカーを使っているとも。そのため音質も良く、見た目だけではなく使い心地も高級な仕上げになっています。またベースのモデルはノキアのプラットフォームを採用していました。

Androidを採用、存在感を高めるものの事業は暗転へ

 ノキアがSymbianを諦め、Windows Phoneへ移行した2012年。その年の10月にVERTUはスウェーデンの投資グループであるEQT VIに売却されました。

 EQT VIはVERTUのターゲット層をより広げるために、スマートフォンのOSにAndroidを採用。金など本物素材を使うことを継続しつつ、全体的な価格を引き下げ、ベンチャー企業のCEOなどより若いユーザー層をも狙う製品展開へと転換しました。

 2013年に発売された「VERTU Ti」はその名の通り、本体をチタンフレームとして剛性と質感を高めたモデルです。本体背面とディスプレーの上下は本革に覆われており、他社のスマートフォンにはない高級感を味わえました。

 また、ディスプレー下のボタンはセラミック製など、本体の構成パーツも高品質な素材を採用しています。そして、最高級モデルは18金を採用するなど、ブルジョア仕上げも健在。VERTUおなじみのコンシェルジェボタンはルビーで、本体の左側面に配置されています。

 VERTU Tiは、フィーチャーフォン時代からの高級感をAndroidスマートフォンにうまく仕上げることに成功しました。ディスプレーは3.7型WVGA解像度(480×800ドット)、CPUはSnapdragon S4、800万画素カメラを搭載。本体サイズは130.4×58.9×12.8mm、重量は181gとずっしりした重みを感じさせます。

 なお、ディスプレー表面はもちろんサファイアコーティングされており、スクラッチフリー。価格は9500ユーロから1万6500ユーロ、約100万円から最上位モデルが200万円程度でした。

 これに続けて同年冬にはConstellationシリーズのAndroid端末を投入。「VERTU Constellation」2013年モデルの最大の特徴は価格をVERTU Tiの半額程度に抑える一方、ディスプレーを4.3型HD解像度(720×1280ドット)、1300万画素カメラ搭載とスペックを引き上げました。

 また、本革を貼り付けた本体はダークブラウン、オレンジ、ライトブラウン、チェリーと明るい色合いも用意。もちろんシックなブラックも提供されます。価格は4900ユーロからで、50万円台とあのVERTUが手の届く価格で買えるようになりました。

50万円から買えるVERTUとなったConstellation 2013年モデル

 この2つの製品は、上位モデルの方が下位モデルよりスペックが低いというラインアップになってしまっています。恐らく開発期間の関係などから、後出しの下位モデルに高い機能を搭載することになってしまったのだと思われます。そこで2014年に投入したモデルは上位、下位共にスペックをほぼ合わせ、質感などで差をつける戦略を取りました。

 2014年7月発表の「VERTU Signature Touch」、10月発表の「Aster」はどちらもSnapdragon 801(2.3GHz、クアッドコア)にメモリー2GB、ストレージ64GBという基本スペック。

 ディスプレーは4.7型フルHD解像度(1080×1920ドット)で、背面1300万画素、正面210万画素カメラを搭載します。スペックは十分ハイスペックであり、他社の上位モデルに匹敵するものとなりました。

 なお、歴代のモデルは本体形状がVERTUの頭文字の「V」の字を感じさせるデザインでしたが、Signature Touchはその色が薄まり、Asterは完全な長方形になるなど、外観のイメージもかなり変わっています。

 このあたりは、時代のトレンドを考えたものになっているのかもしれません。Asterのほうはストライプ柄や柔らかい素材(当然本革仕上げ)などより、女性を意識したデザインのモデルが増えています。

 そして、2015年。VERTUは香港のGodin Holdingsに買収されます。買収とほぼ同時期に発売になったSignature Touchの2015年バージョンが、現在VERTUの最新モデルとなっています。

 スペックはさらに高くなり、Snapdargon 810(1.82GHz、オクタコア)、メモリー4GB、ストレージ64GB、5.2型フルHD解像度(1080×1920ドット)ディスプレー、背面2100万画素、正面210万画素カメラを搭載しています。

 なお、ディスプレーの大型化により本体サイズも74×155×10.8mmと、前モデルより横幅が5mm広がりました。それにより背面側の面積も広がったことから、カメラ周りにちょっとおもしろいギミックを搭載しています。

 それはカメラの左右の部分がガルウイングのように開く構造としたのです。片側がSIM、もう片側がmicroSDのスロットで、カードを入れ替えるときに、まるで某高級車のドアのようにスロットカバーが上に開きますが、こんな機構は他社のスマートフォンには見られないものですね。なお、前モデルまではmicroSDカードに対応していませんでした。

 こうしてVERTUのスマートフォンは年々スペックを上げていったものの、2016年に新製品は登場しませんでした。もちろん本革の色やデザインを変えたバリエーションモデルは投入していたものの、ハードウェアは全く変わっていなかったのです。

2014年以降、毎年革素材などを変えて投入されている「Aster」

 2017年1月になり、ようやく新しいモデルが発表され、久しぶりにVERTUに注目が集まりました。

 それはConstellationの2017年モデルで、ディスプレーサイズはついに5.5型WQHD解像度(1440×2560ドット)とさらに大型・高精細化。CPUはSnapdragon 820、メモリー4GB、ストレージ128GB、さらにはDSDS対応。発売は2月とアナウンスされたものの、2017年7月になってもまだ発売はされていません。

 実はこのConstellation 2017の発表後の3月に、VERTUは投資家のHakan Uzan氏に買収されており、事業の立て直しを改めて図ることになったのです。そのあおりでConstellation 2017は開発が中断してしまったのかもしれません。

 そして、6月には端末の技術開発でTCLと提携することを発表。スマートフォンの基本設計はOEM/ODMビジネスにも長けているTCLにゆだね、VERTUはデザインや外装などを手掛けるという新しい事業展開が公表されました。新設計による製品は「Constellation X」と名付けられ、2017年9月に発売予定とアナウンスされました。

 しかし、2017年7月。Financial Timesなどが報じたところによると、VERTUは負債額の返済に応じる体力が無いということで、イギリスの最高裁から倒産の決定が下されたとのこと。

 VERTUの赤字額は1億2800万ポンド(約187億5000万円)。今後、VERTUのブランドなどは引き続きHakan Uzan氏が保有しますが、事業再開の目途は不透明です。

 高級ブランドの洋服やカバン、車などがあるように、スマートフォンの中にも高級品があってもおかしくはありません。iPhoneのボディーを18金に仕上げたカスタムメイド品が登場するなど、高級スマートフォンの需要は確実に存在するのです。

 しかし、VERTUが誕生したのはノキアが世界市場のトップに君臨していた時代でした。いまやノキアは変わり果てた姿でしか市場に存在しておらず、サムスンやアップルが市場を支配している状況。さらには、ファーウェイなど新興勢力が勢いを増しています。

 VERTUの転落はターゲットとしていたユーザーニーズを見誤ったからかもしれません。今後、復活できるかどうか、注意深く見守りたいところでしょう。

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