スマホメーカー栄枯盛衰~山根博士の携帯大辞典

PDAの覇者・PalmがスマホOSへの乗り換えで失脚したワケと今後の兆し

文●山根康宏 編集●ゆうこば

2017年07月23日 12時00分

 CPUはOMAP1510(144MHz)、ストレージは32GBでSDカードにより+2GBまで拡張可能。ディスプレーは2.5型160×160ドットの4096色対応CSTN、カメラは背面に35万画素。通信方式はGSM/GPRSまたはCDMAの2モデルが用意されました。

 片手で持っていつでも通話やメール、ウェブの利用ができるTreo 600は、OrangeやSprintなど欧米の大手通信キャリアも扱いを始めました。

 この頃、ノキアはSymbian OS搭載を採用し、のちに大ヒット製品となる「Nokia 6600」をリリース。また、BlackBerryもカラーディスプレーの「7200」シリーズを出すなど、2003年末からスマートフォン市場は急激な盛り上がりを見せ始めました。

 2004年第1四半期、パームの全製品の売り上げのうち、約半数がTreo 600によるものでした。出荷台数は半年で66万1000台に達したとのこと。

 つまり、消費者も携帯電話機能搭載のパーム機を求めていたわけです。PDAからスマートフォンへと時代が移り変わる中で、パームはその流れに乗り遅れることなく、幸先のいいスタートを切ったと言えます。

 2004年10月には、後継モデルの「Treo 650」を発表します。Bluetoothを内蔵し、ディスプレー解像度が320×320ドットと倍増したこと、バッテリーが交換式になったことが大きな進化でした。

 本体デザインはより丸みを持たせて手に握った時のフィット感をアップ。本体重量は178gと10g増加してしまいましたが、サイズはほぼ変わらぬ113×59×23mmに抑えました。

「Treo 600」を改良した「Treo 650」もヒット商品となった

 Treo 650はTreo 600と共に人気商品となり、こちらは半年で100万台を突破。Treoのブランドの知名度を着々と高めていきます。また、2003年に99ドルで発売したPDAの「Zire」シリーズも好調な売れ行き。スマートフォン「Treo」、ハイエンドPDA「Tungsten」、エントリーPDA「Zire」とモバイルデバイスのラインナップを拡大していきます。

 なお、2005年には4GBのマイクロドライブに320×480ドットの大画面ディスプレーを搭載したPDA「Palm LifeDrive」が発売されました。

 この2005年にはパームにとっても無視できない事件が起きます。それは、ソニーがPalm OS搭載PDA「クリエ」シリーズの終了を発表したのです。

 クリエはさまざまなヒット商品を出してきましたが、スマートフォンは出てきませんでした。単体のPDAでは生き残れない時代になっていたということなのでしょう。

 LifeDriveはそれまでソニーが担っていたマルティメディア・エンターテイメント向け端末の代替として登場した製品でもありました。

 しかし、もしもこのLifeDriveに携帯電話機能が搭載されていたら、パームの運命もその後、変わっていたかもしれません。PDAに過ぎないLifeDriveは結局、iPhoneが発表された2007年1月に、入れ替わるように生産停止がアナウンスされたのでした。

 さて、2005年5月にpalmOneは再びPalm(Palm Inc.)へと社名変更しています。パームにはやはりシンプルな社名が似合いますね。

 2005年の秋は、Treo 600シリーズの3世代目の製品が登場するということで市場は大きな期待を寄せていました。ところが、ここで大きなニュースが流れます。

 なんとPalm OSを採用していたパームが、長年のPDAのライバルであるマイクロソフトと提携したのです。2005年10月に発表された新製品は、Windows MobileをOSに採用する「Treo 700w」。通信方式はCDMAで、SprintやVerizonなどCDMAキャリアから販売されました。

Windows MobileをOSに採用した「Treo 700w」

ライバルとの提携とOSに振り回された末期

 Windows Mobile採用の理由は、ウェブサービスとの連携やアプリ開発の面で、Palm OSに限界が見えていたからと考えられます。すでに2004年10月には両者の間で、Palm OSからマイクロソフトのExchangeサーバーへの接続ライセンスが締結され、パーム端末から直接Exchangeメールの利用が可能となりました。

 ビジネスユースにはExchangeへの対応が当時は必須でもあり、翌2005年3月にはSymbianとマイクロソフトが同じ提携関係を築いています。会社を分離したとはいえ、元々自社のOSを切り替えるという判断は、大胆ではあったもののスマートフォンメーカーとして生き残りを図るためには必須だったのです。

 翌2006年秋にはPalm OSを採用する「Treo 680」を発表。アンテナレスとなりデザインは、よりスタイリッシュなものになりました。

 Treo 680はパーソナルユースに向けた赤、オレンジ、白、シルバーとカラフルな4色を用意し、ビジネスユースを意識したTreo 700wと合わせ、この2つの製品でユーザー数をさらに拡大する狙いがありました。

 2007年1月8日にはWindows Mobile搭載の「Treo 750」を発表します。しかし、翌日1月9日、アップルが「iPhone」を発表。アメリカ中で大きな話題となります。

 パームが自信をもって投入した最新モデルは、いきなり脇役になってしまいました。それでもiPhoneが発売になる6月まで、Treo 750の売れ行きは悪くはなかったようです。

 また、iPhoneの初代モデルはアメリカのみでの販売でしたから、ヨーロッパやアジアでは最新スマートフォンとして一定の支持を受けました。

iPhoneの前に苦戦を強いられた「Treo 750」

 しかし、翌年に「iPhone 3G」がアメリカ以外でも発売されると、Treoの売れ行きは低下していきます。Treo 600シリーズのデザインも3年目であり、ユーザーに目新しさを感じさせられなかったことも原因にあったかもしれません。

 iPhoneに対抗するため、2007年9月には低価格なスマートフォン「Palm Centro」をアメリカで発売しました。

 Treoとはデザインを大きく変え、赤いボディーカラーも投入。107.2×53.5×18.6mmと、厚みは若干あるものの、縦横はコンパクトサイズし、ジーンズのポケットにラフに入れて持ち歩けそうな、カジュアルな端末でした。Sprint向けで契約価格は99ドルと安く、ターゲットは若年層でした。

 2008年になると真っ黒なボディーの「Treo Pro」をリリースします。しかし、iPhone 3Gフィーバーが世界中に広がり、そのiPhoneへ対抗するように各社が新製品を相次いで投入する中、Treo Proは従来モデルとの差別化できませんでした。

 また、Windows Mobileもこの年からシェアを落とし、BlackBerry OSに抜かれスマートフォンOSシェアは3位に。そして、iOS(当時はOS X iPhone)にも肉薄されてしまいます。

 つまり、せっかくOSを切り替えたにもかかわらず、Windows MobileですらiOS、そしてAndroidというスマートフォンに特化したOSのエコシステムには打ち勝てず劣勢に回ってしまったのです。

 結果としてPalm OSからの脱却はうまくいったものの、乗り換え先を見誤ってしまったのです。

 もちろん、そんな状況を黙って見ていたわけではありません。スマートフォン時代の次世代OSは水面下で開発されていました。

 2009年1月に発表された「Palm Pre」は、新しいOSである「WebOS」を搭載した最初のモデルとなりました。縦にスライドするQWERTYキーボードを搭載しているのは、Treoなどの流れを汲んでいます。

 一方、アプリストアプラットフォームの提供やiTunesとの提携など、WebOSはiPhoneを強く意識したOSになっています。新しいアーキテクチャのため、Palm OSとの互換性は全くありません。なお、Palm Preの投入により、Palm OS端末の開発は完全に終了となりました。

新しい時代を切り開くはずだった「Palm Pre」

 WebOSは、スマートフォン市場をゼロから開拓しなくてはなりませんでしたが、パームはブランド力も知名度も持ったメーカーです。

 開発が終了したとはいえ、Palm OS端末を使っているユーザーは多くいますし、ビジネスシーンではまだまだTreoも競争力がありました。しかし、それらのユーザーがWeb OS機に乗りかえることはなく、iPhoneやAndroidへとユーザーは流出していったのです。

 2009年9月にはコストダウンを図ったのか、スライド式をやめた「Palm Pixi」をリリース。2010年1月にはそれぞれの実質的な後継モデル「Palm Pre Plus」と「Palm Pixi Plus」を発表しますが、メモリー容量のアップやWi-Fi対応などマイナーチェンジに留まりました。

 そして、2010年4月にHPがパームの買収を発表。10月に最後のパームのモデル「Palm Pre 2」がリリースされ、これ以降の後継モデルはHPからリリースされることになりました。

 HPが買収したとはいえ、オリジナルであるPalm OSはすでに捨て去っており、WebOS時代のパームはすでに過去とは全く違う企業になっていたと考えるべきでしょう。

 PDAからスマートフォンへの乗り換えも一時は成功したものの、市場の急激な変化への対応が遅れたことが命取りとなってしまいました。なお、WebOSはその後LGがスマートTVのOSに採用しており、いまの時代になってようやくその活路が開こうとしています。

 優れた製品も1年もたてば陳腐化してしまうスマートフォン市場。歴史に残る数々の名機を生み出したパームも、大きなうねりの中に飲み込まれ、消え去ってしまいました。

 そして、誰もがその名前を忘れ去ってしようとしていた2015年1月、TCLがパームのブランドなどをHPから買収したと発表しました。TCLといえばBlackBerryとも提携、QWERTYキーボード端末を開発しています。TreoやPalm Preのような製品がTCLから復活することをぜひ期待したいものです。

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