スマホメーカー栄枯盛衰~山根博士の携帯大辞典

AmazonでさえiPhoneと同価格帯だとスマホ事業では勝てなかった

文●山根康宏

2018年01月28日 12時00分

 初代Kindleの登場は2007年11月でした。液晶画面ではなくE-Ink(電子ペーパー)を使うことで目に優しく、しかも消費電力を抑えることができ、一回の充電で1週間も使うことが出来ました。ディスプレーの下にはQWERTYキーボードも備え、文字入力も楽にできたのです。さらに特筆すべきは3Gモデムの内蔵でした。アメリカのキャリア、スプリント回線を使ったWhispernetと呼ばれるサービスを利用でき、通信量を払うことなくWEB閲覧やKindle Storeから電子書籍のダウンロードができたのです。

 一方でWi-Fiが搭載されておらず、スプリントの回線の弱い所では書籍をダウンロードできないという問題もありました。399ドルと高価であったにもかかわらず、発売後すぐに売り切れるなど人気商品となり、Kindleという商品名はアメリカ中で大きな話題になりました。

最初の製品から3Gを搭載したKindle(写真はKindle 3)

 2009年2月に登場した第二世代モデルの「Kindle 2」は、アメリカでは引き続きCDMA回線を利用、一方グローバルで発売にもなりそちらはAT&Tの3Gモデムを搭載しました。AT&Tはコンテナなどに搭載するグローバルローミングサービスをB2B向けに展開しており、世界各国をシームレスにカバーすることができたのです。通信速度は遅いものの、全世界で書籍をダウンロードすることが可能になりました。その後も第三世代の「Kindle 3」などが登場します。

 そして2011年9月、Kindle人気を決定的なものにする「Kindle 4」が登場します。キーボードは無くなり電子書籍の閲覧により特化したハードウェアとなりました。Wi-Fiもようやく搭載し、Wi-Fi版とWi-Fi+3G版の2種類展開となりました。しかし世間が驚いたのはその価格設定です。Wi-Fi版の価格は139ドルでしたが、広告が表示されるアドバージョンは99ドルと、100ドルを切る価格だったのです。この安さでKindleを買うユーザーが一気に増えました。

 実は2011年の4月には、アマゾンの電子書籍の売り上げが同社の取り扱う紙の書籍を超えていました。KindleのアプリはスマートフォンやPC向けにも提供されており、どこでも書籍を読める環境は整っていました。アマゾンはKindleを低価格で投入することで、電子書籍の利用を一気に広めようと考えたわけです。なおWi-Fi+3G版も同様に通常品は189ドル、アドバージョンは149ドルでした。

 この2011年にはもう1つの大きな新製品が登場します。Android OSを搭載したタブレット「Kindle Fire」です。電子ペーパー端末のKindleとは違い、タブレットとして自在にWEBブラウジング、さらにはAmazon Android アプリストアからアプリのインストールも可能です。通信方式はWi-Fiのみ、価格は199ドルと他社のタブレットより安く、こちらもヒット商品となりました。

Android OSを搭載したKindle Fire

 こうしてアマゾンはタブレット型端末で存在感を表し、アマゾンの利用者を増やしていきます。こうなればアマゾンがスマートフォン市場に参入するのは当然の成り行きだったのでしょう。

3D表示と操作が可能、夢のスマホになれなかったFire Phone

 2014年6月18日、アマゾンは全く新しい操作体形をもつスマートフォン「Fire Phone」を発表します。スペックはSnapdragon800クアッドコア2.26GHz、メモリー2GB、ストレージ32GBまたは64GB、4.7型HDディスプレー、リア1300万画素+フロント200万画素カメラと、他社のフラッグシップモデルよりやや落ちるものの、かなりの高性能です。

 ディスプレーは裸眼3Dに対応。そしてフロントの各角にカメラを搭載し、合計4つのカメラが顔の動きをトラッキングすることで3Dディスプレーの表示をよりリアルにする「ダイナミックパースペクティブ」にも対応しています。この機能はFire Phone本体を上下や左右に傾けるだけで画面をスクロールすることも可能。モーションセンサーなどを使うのではなく、顔の向きを常にモニタリングしているのでスムースな操作が可能です。

4つのカメラが顔をトラッキングするFire Phone

 Fire Phoneはタブレットより小型のスマートフォンを片手だけで自在に操作できる、新しいユーザー体験を消費者に提供できる製品でした。ダイナミックパースペクティブに対応したアプリやコンテンツが登場すれば、ユーザーは画面に触れることなくスマートフォンを操ることができるのです。またアマゾンでショッピングするときも、商品を選んでその商品の写真を360度回転させるなどの操作も楽にできるようになるわけです。

 Kindleでイケイケなアマゾンが送り出す新世代のスマートフォンと言うことで、発表直後は大きな話題となりました。しかし7月にAT&Tから発売されると、最悪な結果が待っていました。Fire Phoneの価格は2年契約、SIMロック有りで32GB版が199ドル、64GB版が299ドル。一方契約なしの価格はそれぞれ649ドル、749ドルでした。これはAT&Tが販売するiPhoneなどとほぼ同価格だったのです。

 アマゾンはFire Phoneを「ハイスペックスマートフォン」として売り出したわけです。しかしこれは100ドルを切る低価格に設定し、一説ではハードウェアそのものは赤字と言われるKindleとは全く別の販売戦略でした。

 Fire Phoneの発売からわずか1ヶ月半後、AT&Tは値下げを発表します。32GB版はわずか0.99ドル。これは実質無料ともいえる価格でしょう。単体価格も449ドルと、200ドルも値下げされました。ここまでの劇的な値下げは、端末が全く売れていないことを物語っています。

 Fire Phoneが登場したころは、フルモデルチェンジするiPhone 6の噂話がでているころでした。また格安端末のKindleを作っているアマゾンが高性能スマートフォンを出しても、消費者は興味を示さなかったのです。結局1年ほどしてFire Phoneの販売は終了となりました。

 実はFire Phoneとほぼ同じ機能を持ったスマートフォンを中国メーカーが投入したことがあります。2014年7月17日に深セン市億思達顕示科技が発表した「Takee1」です。ディスプレーはFire Phone同様に裸眼3D表示に対応。本体背面に4つのカメラを持ったアタッチメントを取り付けることで、顔をトラッキングし、ディスプレーに触れることなく操作が可能でした。同社はこれを「スマートホログラフィック」機能と呼びます。

Fire Phoneと同じ機能を持ったTakee1

 このTakee1も売れ行きは好ましくなかったことから、当時の技術では顔のトーレス機能もそれほど優れたものでは無かったと思われます。また狭い画面なら指先で操作しても十分だったのでしょう。

 さてアマゾンは新たにスマートフォンを開発中とも報じられています。Fire Phoneの失敗を受け、今度は低価格モデルになると言われています。Kindleのスマートフォン版になるのでしょう。とはいえすでにスマートフォン市場は飽和状態。アマゾンが再参入するなら、書籍や映画、音楽、そしてショッピングなどアマゾンの提供するサービスが使いやすい製品にするなどして差別化する必要があるでしょう。

 一方、アマゾンのAIアシスタント「Alexa」を搭載するスマートフォンが各社から出てきています。アマゾンが自らAlexa搭載スマートフォンを出す可能性も十分ありうります。果たしてスマートフォン市場への2度目の挑戦はあるのか?気になるところです。

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