スマホメーカー栄枯盛衰~山根博士の携帯大辞典

縮小続くデジカメ業界からスマホ市場に方向転換した「アルテック」

文●山根康宏

2018年05月20日 17時00分

 とはいえ類似の製品は過去にもいくつかのメーカーが出していました。たとえばサムスンは2004年に光学ズーム3倍レンズ搭載ケータイ「SPH-S2300」を韓国で発売。それを追いかけるようにLGも類似の製品を投入しました。また後になりますがLGは日本向けに「L-03C」を出すなど、 沈胴式レンズ搭載の「デジカメスタイルケータイ」はスマートフォンが全盛になる以前、周期的に製品が登場していました。

 これら携帯電話メーカーの作る製品に対し、アルテックの端末はカメラメーカーが自社ブランドで携帯電話市場に参入するという意味合いだけではなく、この製品をプラットフォームとして、他の携帯電話メーカー、あるいはカメラメーカーへ売り込みをかけるためのモデルだったのです。低価格デジカメを求める大手メーカーに対し、アルテックが製品開発から生産まですべてを請け負ったように、カメラ強化ケータイを欲しいメーカーにこのベースモデルを基本に「デジカメケータイ」を提供しようとしたのです。

 とはいえ通信方式は2GのGSMのみ。撮影したデータはメモリカードを抜くか、Bluetoothで転送と使い勝手はデジカメとあまり変わりません。しかもそのデジカメにケータイが乗っているのですから価格も割高となります。さらには2009年といえば「iPhone 3GS」が登場。翌2010年にはサムスンが「Galaxy S」を出すなど本格的なスマートフォン時代を迎えようとしていました。アルテックの作るフィーチャーフォンベースの「カメラケータイ」に興味を示すほかのメーカーは現れなかったようです。

T8680はタッチパネル搭載だがスマートフォンでは無くフィーチャーフォン

デジカメスマホの提案も受け入れられず、スマホの裏方に回る

 「ケータイではもう時代遅れ」。そう判断したアルテックは翌2010年にスマートフォンを素早く発表します。「Leo(A12)」と名付けられたこの製品は、光学ズームは3倍と変わらぬものの、画質は1400万画素にアップしました。ディスプレーは3.2型800x480ドット、CPUはサムスン製の800MHzでOSはAndroid 2.1。通信方式はもちろん3G対応、Wi-Fiも搭載していますしSNSアプリで撮影した写真もすぐシェアできます。

 このLeoも自社販売だけではなく、他メーカーのブランドで市場から登場するはずでした。このころはまだデジカメ市場も急激な落ち込みを見せる前だったのです。アルテックは「脱・デジカメ」というよりも、新しいデジカメ製品の展開先として、「デジカメスマホ」を開発したのでした。

スマートフォン化したLeo

 しかしこの製品にも食いつくほかのメーカーは無かったようです。沈胴式ズームレンズを内蔵したため15.5ミリと本体に厚みのあるLeoは、毎日持ち運ぶスマートフォンとしてはやや大きかったのでしょう。また1000万画素を超えるカメラを搭載するスマートフォンの自社製品ラインナップにおける位置づけは、スマートフォンメーカーにとってもデジカメメーカーにとっても難しいものでした。

 Leoから2年後の2012年にはサムスンが「Galaxy Camera」を発売しますが、この製品はスマートフォンではなくデジカメの形状をした製品でした。2013年にはスマートフォンに沈胴式ズームレンズを搭載した「Galaxy S4 Zoom」も投入します。このように複数のカメラスマートフォンを販売できたのは、サムスンが多数のスマートフォン、デジカメラインナップを持っており、「通信機能搭載デジカメ」というカテゴリを持つことができたからでしょう。

 結局アルテックの携帯電話端末市場参入は、A806の派生モデル「A806HD」を含めると、3年4モデルで終わってしまいました。しかしこの選択は結果として間違いではありませんでした。その後サムスンは沈胴式ズームレンズ搭載のスマートフォンを2機種出すに留まり、他のスマートフォンメーカーが追従することもありませんでした。一方デジカメメーカーはニコンが2014年にAndroid搭載のコンデジ「COOLPIX S810c」を出しますが、これも1機種で終わっています。高画質カメラ搭載スマートフォンがその後登場しますが、沈胴式ズームレンズは主流にはならなかったのです。

 そしてデジカメ市場そのものは2013年に前年比2/3という大きな縮小を見せます。アルテックもデジカメ主体のビジネスモデルの変革を始めており、デジカメODMではなくスマートフォンメーカーに対しカメラレンズ、IC、チップセットなどの提供を進めました。その結果2014年には売り上げに占めるデジカメODMは約半分にまで下がりました。

 自社開発のスマートフォンからは撤退したものの、スマートフォン市場でアルテックの名前が脚光を浴びたのは2014年でした。HTCが発売した「One M8」は4メガピクセル+4メガピクセルのデュアルカメラを搭載。そのデュアルカメラを手掛けたのがアルテックだったのです。

 One M8以前にもデュアルカメラ搭載スマートフォンは数機種が発売になりましたが、いずれも3D撮影用のものでした。それらに対してOne M8のデュアルカメラは片側がボケのための被写界深度を測定します。デジカメでもなかなかできない、後からボケを変更できるカメラモジュールをアルテックが開発し、その後他のメーカーにも提供していきます。

アルテックのデュアルカメラソリューションを搭載したHTC One M8

 2015年にはファーウェイの「P8」がアルテック製のISP(Image Signal Processor)を搭載と発表。アルテックはスマートフォンメーカーのカメラの高画質化の裏方として重要なポジションを担っていきます。一方でサムスンはこの年で実質的にデジカメ開発を終了。しかしその後のスマートフォンのカメラ性能の向上を見ると、やはりデジカメそのものからの撤退は正解だったと言えます。

 このようにデジカメメーカーとして市場拡大を目指したアルテックの動きは一時は失敗に終わったものの、その後スマートフォンの部材やシステム供給側に回ったことで、ビジネスの変革をうまくやり遂げています。沈胴式ズームレンズのスマートフォンはギミック的には面白いものの、もはや消費者ニーズにはマッチしていないのです。

 2018年4月にはクアルコムとコンシューマー向けの360度カメラのリファレンスモデルを共同開発と発表しました。アルテック製のスマートフォンが二度と見られないのは残念ですが、同社はカメラの開発メーカーとしてスマートフォンやモバイル、IoT市場をこれからも盛り上げてくれることでしょう。

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