スマホメーカー栄枯盛衰~山根博士の携帯大辞典

発売されることなく幻になった3面スマートフォン「iCEphone」が見せた夢

文●山根康宏

2018年10月31日 19時00分

 2008年12月といえばまだ「iPhone 3G」が出てきたころで、Androidもようやく初代の「T-Mobile G1」が登場したばかり。Windows系OSにもチャンスがあるとみられているころでした。なにせ当時はまだノキアのSymbianがスマートフォン市場で約5割のシェアを握っており、ブラックベリーがそれに次ぎ約2割のシェアを持っていたのです。Windows Mobileは10%ちょっとで3位、急成長したiOSが約1割でそれに次ぎ、Androidは「その他」という状況でした。

 iCEphoneのディスプレーは左側(横向きの時)に十字方向キーと発着信キーを備え、キーボード面を折りたたんだ状態でもディスプレーへのタッチである程度の操作ができます。キーボード部分を開けば超小型のノートPC(同社曰く「マイクロPC」)としても利用可能。さらにトラックパッド面を開けば画面の細かい操作ができるマウス操作も可能です。おそらくディスプレーは感圧式ではなく筆圧式のため、指先での直接タッチ操作は難点があったと思われます。

閉じればスマホスタイル。ただし厚みはある

 iCEphoneにはケガや体調不調時の緊急医療対策コンテンツがプリインストールされています。iCE Aidと呼ぶサービスも提供予定で、24時間の医療サポートも利用可能になるはずでした。「変形して自在に使える」「緊急時に役立つ」まさにスイスアーミーナイフです。もちろんマシンパワーと大型ディスプレーをいかしてゲーム利用にも適した端末だったでしょう。3面スマートフォンというハードウェアのギミックだけでも気になる消費者は多かったに違いありません。

リーマン・ショックで万事休す、復活を望む

 この夢のようなマシン、筆者は実際に3GSM Worldの会場でモックアップを触ってみましたが、出来はよい感じで製品化されたら日々使うメインマシンとして活用したいと考えたほどです。製品説明をしたMedical Phoneの担当者からは気前よく「製品ができたらサンプルを送る」との確約をもらったほど。iCEphoneはコンシューマーだけではなく企業向けへの販売も目論んでおり、イギリス軍や病院への採用も交渉中。新興企業の同社としては、メディアに取り上げてもらうことが製品アピールにつながると考えていたのでしょう。

 iCEphoneは2009年第2四半期に発売される予定でした。iPhone 3Gが登場しアメリカ以外での展開も本格化したことから、世界中の視線はiPhoneに集まっていたのです。iCEphoneはiPhoneとは真逆の方向を向いた製品だっただけに、iPhoneとはユーザー層は重なりません。B2B向け販売がうまくいけば、個人向け製品としても一定の成功を収めることはできたかもしれなかったのです。

医療機関向けに予定されたリストマウント。セカンドバッテリーを搭載、IDタグを読める

 ちなみに2008年当時はまだQWERTYキーボード付きのスマートフォンは健在でした。ブラックベリーはもちろんのこと、ノキアの「E71」や「N97」、ソニーエリクソン初のXperiaであった「Xperia X1」、サムスンの「i770」、HTCからは「S740」「Touch Pro」、LGはSymbian搭載の「KT610」、ほかにも東芝の「G910」「G710」、パームの「Treo Pro」など1年間で約40機種が登場。スマートフォンではありませんがLGのプラダフォンもスライド式QWERTYキーボードを備えた「KF900 Prada」が登場するなど、QWERTYキーボードそのものは当たり前の存在だったのです。

 iCEphoneはさらにもう1面の折りたたみパッドを追加したことと、緊急サービスをセットで展開することで他社品との違いを大きくアピールしました。フィーチャーフォンからスマートフォンへ乗り換える層や、ノートPCを持ち運びたくないというビジネスパーソンも取り込むことができたでしょう。しかし年が明け2009年になり、春が過ぎてもMedical Phoneから製品化に対しては一切アナウンスされませんでした。

 やがて当初の販売予定時期だった第2四半期(4月~6月)を過ぎ、まだかまだかと待っているうちに9月15日、リーマン・ショックが襲い掛かります。投資に資金を頼っていた新興企業の多くが影響を受け、Medical Phoneもそのうねりの中で消えてしまったのです。夢の3面スマートフォンは、本当に夢で終わってしまったのです。

結局製品化は幻に終わってしまった

 今の時代であればディスプレーのタッチ精度が高いため、iCEphoneのようなトラックパッドを別途備えるスマートフォンは必要ないでしょう。しかしゲームに特化したタッチパッドや、あるいや企業向けの特殊入力用途などにはこのようなハードウェアキーボードは有効です。コストはかかるでしょうが、3面スマートフォンを改めてどこかのメーカーに実現してほしいものです。

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