スマホメーカー栄枯盛衰~山根博士の携帯大辞典

PSIONのPDA機を受け継ぎQWERTYキーボードを搭載させたスマホを開発するPlanet Computers

文●山根康宏

2018年11月13日 12時00分

 1998年にPSIONのOS開発部門はSymbian Software LimitedとしてPSIONから独立し、携帯電話向け、すなわちPDA機能に通信機能を統合したOSを開発していきます。同社にはエリクソン、ノキア、モトローラ、パナソニックなどが出資。その後EPOC OSはSymbian OSとなり、ノキアを中心に採用が進んだことはご存知の通りです。

 さてPSIONのQWERTYキーボード端末はなんといってもキーボードの押しやすさが大きな売りでした。PSION 5シリーズの本体サイズは170×90×23mmと横幅は広く、そこに14.5mmのキーピッチのキーボードを搭載していたのです。この大きさはノートPCよりわずかに小さい程度であり、さらに中心部をへこませた形状にしたことでタッチタイピングを可能にしていたのです。しかしPSIONは2002年にコンシューマー向け製品から撤退してしまいました。

 その後小型デバイスで押しやすいキーボードを搭載した端末としてブラックベリーが台頭しますが、PSIONのように超小型ノートPCのように入力できる製品はなかなか登場しなかったのです。業界で数多くの製品を輩出したノキアからいくつかの製品が登場しましたが、スマートフォンゆえにキーボードサイズは小さい製品ばかりでした。

 一方では超小型のノートPCが時たま登場するなどしてキーボード愛好者たちに受け入れられていましたが、スマートフォン全盛時代となると通信方式はWi-Fiではなく4G接続が求められます。すなわちQWERTYキーボード付きのスマートフォンの登場を待ち焦がれるユーザーの数は常に一定数いたのです。

 2017年2月、クラウドファンディングサービスで産声を上げた「Gemini PDA」は、そんなQWERTYキーボードマニアの間で瞬く間に話題となりました。スタートアップのPlanet Computersが送り出した同製品は、出資開始からわずか3日で目標金額をクリアし、2か月での284%を集めることに成功しました。しかもこのGemini PDAは、ただのQWERTYキーボード付きスマートフォンではなかったのです。

2017年に登場した「Gemini PDA」

初代モデルを改善したコミュニケーターも投入

 Planet Computersは元PSIONにいた関係者が立ち上げた会社です。すなわち約20年の時代を経て、PSIONを現代によみがえらせた端末がGemini PDAだったのです。キーボードはPSION端末同様にくぼみのある湾曲を持たせた押しやすい形状とし、さらには好みアプリケーションをワンタッチで呼び出す専用ボタンを備えており使いやすさもしっかりと考えられています。

 本体を開くとヒンジ部分が盛り上がり、本体底面に若干の傾斜を持たせるような形状になります。机の上に置いたときにキータッチがしやすくなるというわけです。ただの開閉ヒンジにしないあたりが、「せりだすキーボード」を搭載していたPSION 5シリーズを思い起こさせてくれます。このあたりは元PSIONの本体設計デザインをしていたMartin Riddiford氏がPlanet Computersに加入したからできた技でしょう。逆に言えば、このようなギミックを搭載することもGemini PDAの目的だったと思えます。

 本体を閉じたふたの部分は付属の特殊な冶具を押し当てると開き、そこにSIMスロットを備えます。このふたは別売のカメラモジュール内蔵カバーと交換し、背面にカメラを搭載することもできました。そしてふたと本体のすき間にはLEDライトを内蔵し通知に合わせてカスタマイズした色で光らせるなど、凝った作りになっているのです。

 Gemini PDAは日本からの出資者も多く、多言語対応キーボードとして日本語キーボード版もリリースされました。それだけ日本にもQWERTYキーボード愛好者が多くいるのでしょう。

 Gemini PDAにはゴールドバージョンも30台発売。またLinuxなど他OSとのデュアルブート対応など、幅広いユーザー層をターゲットにして販売数増を狙いました。Sailfish OSへの対応は、旧ノキア時代のMeeGo OS端末を使っていたユーザーたちが涙を流して喜んだに違いありません。

 Gemini PDAは5.99型2160x1080ドットディスプレーを搭載。スマートフォン向けのディスプレーが16:9からこの18:9へとワイド化したことで、QWERTYキーボードを搭載しながらもスリムな本体形状を実現することができたのでしょう。とはいえ指紋認証センサーがないことやカメラはフロント500万画素のみ、追加カメラも同画質と、スペックにやや不満が残る製品でもありました。それでも押しやすいQWERTYキーボードがあれば十分、そう考えるユーザーが大半だったでしょう。

 スタートアップ企業ゆえ、このGemini PDAを数年かけて売っていくとも思われました。ところが2018年11月に、Planet Computersは後継モデルを再び発表しました。それが「Cosmo Communicator」です。

機能アップしたコミュニケーター、「Cosmo Communicator」

 Communicator(コミュニケーター)という名を聞いてノキアの9000シリーズを思い浮かべる人はPSION世代のユーザーでしょう。開けばQWERTYキーボード機、閉じれば携帯電話。いつでもコミュニケーションが取れるマシン、それがノキアのコミュニケーターシリーズでした。Cosmo Communicatorもそんなマシンに仕上がっているのです。

 本体形状はGemini PDAとほぼ同じですが、背面には通知を表示できる2型570x240ドットのディスプレーを追加、2400万画素と高画質なカメラも搭載されました。さらに通話用のボタンを備えています。そのボタンは待望の指紋認証センサーも兼ねています。さらにマイクとスピーカーも搭載しているので、閉じたまま携帯電話のようにして通話が可能です。

 Gemini PDAの出荷は2017年の年末あたりからでしたから、Cosmo Communicatorはそれから1年後に発表されたことになります。さすがに新製品の投入タイミングが短いのではとも思われましたが、クラウドファンディングでの目標金額は早々にクリア。初代のGemini PDAを様子見していた人たちも、その評判の良さと機能が大きく高まったことで出資に動いたのでしょう。

押しやすいQWERTYキーボードはそのまま搭載

 Planet Computersの製品がここまで人気を集めるのも、ベースとなったPSIONのPDA機が優れた設計思想を持った製品であり、そのDNAを現代に引き継いだ製品だからでしょう。そして他社にはない製品を出すことで、既存のスマートフォンには飽き足らない層からの支持を集めていると言えます。今後も毎年のように新製品を出していく、そう思わせる同社の動きはこれからも面白いものになりそうです。

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