スマホメーカー栄枯盛衰~山根博士の携帯大辞典

ウォークマンと肩を並べた音楽プレーヤーIriverはかつてスマホも作っていた

文●山根康宏

2019年03月25日 19時00分

 Iriverは2007年にWi-Fi接続できるデジタル音楽プレーヤー「W10」を発売しました。しかしまだAndroid OSは市場に出てきておらず、スマートフォンではなく「IP電話機に音楽プレーヤーを搭載し、音楽ダウンロード機能を付けた」という中途半端な製品に留まりました。韓国の通信キャリア「KT」がこのW10を発売したものの、売れ行きは思わしくなかったことでしょう。

 Reigncomは再起をかけて2009年に社名を製品ブランドだったIriverへ変更します。しかし今度はAndroidスマートフォンの普及も始まっており、単体の音楽プレーヤーでは生き残りは難しい時代となっていました。

 そこでIriverも携帯電話市場への参入を図り、2009年に韓国3位の携帯電話キャリア、「LG U+」(当時はLGテレコム)から当時韓国で流行していたタッチパネル操作可能な携帯電話「Cyon LB4400」を発売します。「Iriver Phone」のニックネームを持つこの LB4400は縦長のタッチディスプレイの下に音楽再生用のソフトキーを内蔵。電話としてだけではなくメディアプレーヤーとしても使え、さらにダウンロードも可能な多機能携帯電話でした。

タッチディスプレイにメディアプレーヤー機能を内蔵した「LB4400」

スマートフォンを投入するも、サムスンとLGに道を阻まれる

 LB4400はスマートフォンではなかったものの、通話やメッセージ、携帯電話WEBが利用でき、さらに音楽プレーヤーとしても使いやすいことからヒット商品となります。LB4400が成功したことで、Iriverは続けてスマートフォン市場へ参入しました。2011年にLG U+向けにCDMA2000対応の3Gスマートフォン「Vanilla」を投入したのです。

 Vanillaは3.5型800x480ドットディスプレーに500万画素カメラを搭載、OSはAndroid 2.2を採用しました。本体サイズはやや厚みがあるものの、独自の音楽プレーヤーに加えて教育コンテンツを充実。手で持ち運ぶ小型の学習書、という位置づけの製品でもありました。

 LG U+は韓国の携帯電話市場で万年3位であり、Iriverと組んで「教育向けスマートフォン」という新しい市場を開拓しようと考えたのでしょう。しかし端末のスペックはそれを実現するにはまだまだ低すぎました。

教育コンテンツも充実させた「Vanilla」

 なおIriverとLG U+は3Gタブレット「Iriver tab」も発売します。7型800x480ドットディスプレーに500万画素カメラを搭載、OSはAndroid 2.2と、ディスプレー以外のスペックはほぼVanillaと同じ。おそらく同じプラットフォームを使った製品なのでしょう。広告には当時韓国で大人気のK-POPアイドルグループ「T-ara」を採用し、学生層も意識した製品として家電店の教育コーナーなどでも販売されました。

 これでIriverはデジタル音楽プレーヤーからスマートフォンとタブレット市場へと転身し、新たにユーザーを獲得できるチャンスをものにしました。しかし韓国は日本同様に携帯端末は通信キャリアが販売するビジネスモデルを取っており、Iriverの力だけではスマートフォンの販売台数を伸ばすことはできませんでした。

 Vanilla登場の2011年はサムスンから世界初の大画面スマートフォン、いわゆる「ファブレット」の「Galaxy Note」が登場。韓国でも爆発的な人気となり、シェア1位のSKテレコム、2位KT、3位LG U+の3社がこぞって販売に力を入れます。またアップルの「iPhone 4S」も人気は高く、この2製品を追いかけるようにLGとパンテックが次々と新製品を投入していきました。

 世界の3大メーカーに加え、韓国大手のパンテックと4社がひしめき合う韓国市場で、Iriverがキャリアの力に頼るだけで販売数を伸ばすことは結果として難しかったのです。コンセプトは良かったものの、結局Vanillaはニッチな製品に終わってしまいました。

 しかしIriverはここであきらめませんでした。キャリア経由の市場が厳しいのであれば、独自マーケットで販売し、さらに海外展開を図ることで生き残りをかけたのです。2013年に低価格なSIMフリースマートフォン「ULALAを韓国市場で発売しました。

 ULALAは3.5型ディスプレーの基本モデルと、5.5型の大画面ディスプレーを搭載した「ULALA 5」の2製品。韓国ではこのころ低所得者向けにMVNO市場が盛り上がりを見せていたものの、端末は大手キャリアが販売した端末の中古品など入手が限られていました。Iriverはそこにコストパフォーマンスの高い製品を投入し、販売数増を目指したのです。

低価格の大画面SIMフリースマートフォン「ULALA 5」と「ULALA」

 ULALAはどちらもデュアルSIMスロット搭載で、片側は3G/W-CDMA、もう片側は韓国では使えない2GのGSM方式に対応していました。この設計からわかるようにULALAは韓国向けに開発された製品ではなく、中国のODM/OEMメーカーに製造を任せ、グローバル市場向けに展開されるスマートフォンのプラットフォームをそのまま利用した製品でした。

 つまり価格が安いのは当然、しかし品質は一昔前の中華スマートフォンを知っている人ならご存知の通りよく言えば価格相応、悪く言えばサムスンやアップルには到底及ばなかったのです。韓国の消費者の目を振り向かせるほどの製品にならなかったのは当然の結果でした。

 ULALAは海外展開も視野に入れていたようですが、韓国で販売数を伸ばすことができずそれも立ち消えになってしまいました。結局Iriverのスマートフォンは3モデルで終わってしまったのです。なおタブレットはIriver Tab以外に2013年に発売したWi-Fiモデルの「WOW Tab」がありました。

 最終的にIriverは2014年にSKテレコムに買収されてしまいます。しかしIriverの製品は2012年に立ち上げられた高級オーディオブランド「Astell&Kern」から今でも高級ヘッドフォンや高音質なデジタル音楽プレーヤーなどが販売されています。「ポスト・PMP」を目指したIriverの転身は失敗に終わってしまいました。しかしきっと今でも最新のスマートフォンでAstell&Kernのヘッドフォンを使えば、Iriverの音楽市場に携わった開拓精神を感じることができるかもしれません。

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