アップルはジョニー・アイブ退職後どう関わるのか

文●松村太郎 @taromatsumura

2019年07月09日 09時00分

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 コンピュータとスマートフォンで、できることはなくなりつつある。2018年モデルのiPad Proを材料に、そんな話をご紹介しました。

 アップル社内では、エンジニアも含めて、工業デザインチームが非常に強いことを認識しており、ユーザーインターフェイスやハードウェア、それらに関わる技術的な部分についても、デバイスの形と、それに基づく使われ方が影響していくことになります。

 たとえばiPhone Xでホームボタンを排除し、良くも悪くもアイコニックな存在となった「ノッチ」と呼ばれる画面の切り欠きを付けたデザインへと進化しました。

 その際に、たとえば深度の計測が可能なTrueDepthカメラは、あのノッチの中に収めなければなりませんでしたし、ディスプレーはテクノロジに関わらず、ノッチをキレイに避ける形で敷き詰めなければなりませんでした。さらに、ホームボタンがなくなるため、ボタンなしで操作するジェスチャーを実装していかなければなりません。

 実際にはよりインタラクティブなやりとりがあるはずですが、アップルがすごいところは、工業デザインの要求に対して、その他のあらゆるテクノロジーと、経営陣が応えられたところじゃないでしょうか。良いデザインとテクノロジーがあっても、経営がNoと言えば日の目を見ませんし。

 もちろんアップルにも失敗はあります。

 MacBookシリーズの筐体を極限まで薄くしようとして、ほぼ唯一の可動部分として残されていたキーボードを薄くしたら信頼性が低くなってしまった問題は、依然として対策が続いています。

 また、薄いマットで3つのデバイスを無造作におけば同時充電できる夢のような「AirPower」は、お蔵入りとなりました。アップルをもってしても、技術的な部分の解決ができなかった結果だと思われます。むしろ、普段からそのレベルの無茶な要求が出されているということでしょう。

●アイブの無茶振りはウェアラブルで生かされる

 ジョナサン・アイブ氏は、新しい自分のクリエイティブ事務所「LoveFrom」を通じて、ひきつづきアップルに関わるとしています。アイブ氏がなぜアップルに関わりたいのか、これまでの文脈から考えてみると、「地球上でアップルにしかできないこと」が存在し、自分のデザインを実現させてくれる唯一の会社だ、と考えているからではないでしょうか。

 そのターゲットとしてわかりやすいのが、ウェアラブルデバイスです。Apple Watchは、無闇に丸い文字盤を再現せず、ジョナサン・アイブ氏らしい、丸意味を帯びたシンプルな造形で、スマートウォッチならではのキャラクターを作り出すことに成功しました。

 バッテリー持続時間は18時間で、アップルはこれを「1日」と言い張り続けていますが、本当は1週間に1度程度の充電にしてほしいというのはユーザーとしての筆者の願いでもあります。だからと言ってスマートフォンのように時計を大きくすれば問題が解決するわけではありません。そこに引き続き、技術的なチャレンジが存在しているのです。

 ウェアラブルはそもそも、特にサイズというデザイン上の制約が強いカテゴリです。アイブ氏が考える「あるべき姿」は、テクノロジーの側面から見れば、相当厳しい要求ばかりが積み重なっていくことになるでしょう。地球上の企業で、その問題の解決に期待できるとしたら、アップルしかない。そのことをアイブ氏がもっともよく知っているはずです。

 新会社を通じてアップルとの関わりを続ける理由は、アイブ氏が考えたとおりにデザインを書き起こすことができる「自由さ」を確保するためではないでしょうか。

●Apple Parkという巨大なプロトタイピング空間

 ジョナサン・アイブ氏は、Apple Parkについて非常に熱心に取り組んでいたと言います。

 ジョブズを引き続きいたティム・クックCEOは、アイブ氏に多くの報酬を与え、また仕事の環境の自由度を高めてきたと言われています。さらに、役員としての日々の業務から解放し、またApple Parkに専念する時間を作るため、アイブ氏の下にインダストリアルデザインとヒューマンインターフェイスデザインの役員を置きました。

 アイブ氏がApple Parkで取り組んだことは、アップル社内でデザインの迅速なプロトタイピング機能を確立することだった、とされています。(WSJ

 アップル社内には、おおよそ人が活動する場所のほとんどすべてが用意されていると考えています。通常のイベント取材は1000人収容の劇場、Steve Jobs Theaterで行なわれますが、筆者はApple Parkにある「それ以外の施設」を訪れたことがあります。

 あの巨大な宇宙船には、オフィスや会議室など、人々が働く環境があります。12あるセクションのロビーそれぞれにカフェがあり、1つのセクションは巨大な食堂となっています。

 その内側には、散歩道や池、果樹園があります。さらに、別の建物には、海辺のリゾートと勘違いしそうなフィットネスセンターがあり、あらゆるエクササイズから瞑想まですることができます。こうした広大なキャンパスの中は、シルバーの自転車や電気自動車のバギーで移動します。

 人が生活する上で触れうるほとんどの空間が用意されており、Apple Parkの中で秘密裏に、新しい製品を試すことができる、巨大プロトタイピング空間になっている、と解釈できます。

●空間をデザインすることに進んでいくのか?

 Apple Parkの建設と同じようなタイミングで、Apple Storeのタウンスクエア型への転換が行なわれ、Apple Parkとともに、アップルにおけるデザインは、個別の製品から人が活動する空間をカバーするようになりました。

 また、HomeKitで家の中を自動化し、HealthKitで人々の健康と病院を結び、CarPlayではクルマでの移動という体験にアップルが関与できるようになりました。Apple Parkは職場を、Apple Storeは店舗を、それぞれアップルなりのデザインで構築しています。

 一方、アップルは2017年にARKitを披露し、拡張現実に対して技術開発を加速させています。その動きと、実際の空間のデザインへの取り組みが同調しており、これは非常に示唆に富んだ一致だと思いました。

 アップルは引き続き、テクノロジーの製品をインターフェイスに、人々を拡張していくことを目指す企業であり続けると思います。しかしそのテクノロジーが介在する部分が変わり、また人々の体験のサイズも大きくなっていくのではないでしょうか。

 そこにアイブ氏が関わらない点については、もう少し取材と考えを巡らせてみたい、と思いました。


筆者紹介――松村太郎

 1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。またビジネス・ブレークスルー大学で教鞭を執る。米国カリフォルニア州バークレーに拠点を移し、モバイル・ソーシャルのテクノロジーとライフスタイルについて取材活動をする傍ら、キャスタリア株式会社で、「ソーシャルラーニング」のプラットフォーム開発を行なっている。

公式ブログ TAROSITE.NET
Twitterアカウント @taromatsumura

mobileASCII.jp TOPページへ