電話は他人の「肉声」を耳元で聞くという生々しいVR
つい先日、YouTubeがAndroid版の専用アプリでVR動画に対応したことを発表したが、実はとっくの昔から電話というメディアは聴覚におけるVirtual Realityであった。
私たちの五感は相当な比重で視覚中心になっているという。研究機関や研究対象によって多少ばらつきはあるものの、おおよそ人間の五感比率の約80%は視覚に偏重している。だからVRというと私たちはついついあの大仰なHMDとともに視覚的な仮想現実を想起してしまう。
しかし、VRはほかの感覚器官にも適用可能な技術なわけで、筆者などはむしろ視覚以外のVRの未来のほうが興味深い。
よく音楽と匂いは記憶と密接に結び付いていると言われるが(特に香りと記憶とのリンクに関してはフランスの作家、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」の一場面から「プルースト効果」と呼ばれている)、聴覚の刺激によって嗅覚の記憶が起動する経験をした人もいるだろう。
なかでも「肉声」と言うだけあって、他人の声をその息遣いとともに耳元で聴くリアリティーは、実はかなり生々しいVRなのではないか?
肉声の高精細化はスマホの進化における意外な盲点かもしれない
「電話=VR」という事実を改めて認識させてくれたのが「VoLTE」であり、ひょっとすると、“もう使わない”と思われていたスマホの電話機能には意外な進化の可能性が隠れているのかもしれない。
それは日常的なレベルでの新しい発見かもしれないし、ビジネスにおける展開かもしれないし、アートの領域での活用かもしれない。
「あんなシンプルな機器がこれ以上もう変わりようがないじゃないか!」と思われる読者もいるかもしれないが、冒頭に述べたとおり、過去の電話は現在の電話とはまったくの別物であり、ひょっとすると、未来の電話は現在の電話とは異質の代物になる可能性は否定できない。
電話が押しも押されぬリアルタイムコミュニケーションの主役だった時代が終わったことで、逆に電話が本来的に持っている電話ならではの特性が炙り出されていく。
今後のスマホの進化を考えるとき、画面の高精細化と同時に音声の高精細化は意外な盲点と言えるかもしれない。人間の肉声が持つ得も言われぬ魅力には実にあなどり難いものがあり、そこから思いも寄らなかった新しいカルチャーが生まれることを期待したい。
著者紹介――高橋 幸治(たかはし こうじ)
編集者。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年まで「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに編集長/クリエイティブディレクター/メディアプロデューサーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。「エディターシップの可能性」を探求するミーティングメディア「Editors’ Lounge」主宰。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部にて非常勤講師もつとめる。